スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今年の夏はとても暑い by 小稲荷一照

作:小稲荷一照
分量:12枚  使用お題:蝉時雨を聞く、蚊取り線香、肝試し、汗を拭う、ゲリラ豪雨、暑さを凌ぐ、逃げ水を追い駆ける、ライフセーバーの肉体、二度目の水浴び、花火、川遊び、海底、溺死者、日焼け止めの匂い、夜祭に紛れる、向日葵(ひまわり)、麦わら帽子、親戚の家、熱に倦む、茄子のぬか漬け、旱(ひでり)星、お盆、夏星の国は遥かに、麦茶、帰省ラッシュ、打ち水をする


 今年の夏はとても暑い。
 毎年そう思って過ごしている。
 ちょっと早い休暇でお盆の帰省ラッシュをすり抜けて、本家に帰ってきたわけだが、都会より暑い気がする。
 あまりにも酷い陽気だ。
 川遊びでも海水浴でも水辺にそう遠くも歩かないから繰り出せばいいわけだが、潮風と砂と日焼け止めの匂いが楽しく感じられるのも二日三日で、もう結構という気分だった。
 夏の陽の熱に倦む、というよりも手持ちぶたさな感じもあまり楽しいものでない。
 暑さを凌ぐために家にいるときは水風呂と縁側を行ったり来たりしている。親戚の家だというのにだ。
 今この瞬間も額の汗を拭うが、汗を拭っているのか、風呂のはねた水を拭いているのか、判然としない。まだ昼食には早いというのに、本日既に二度目の水浴びだ。
 海底なら涼しいだろうか。と冷たく感じられない水に頭の先まで潜る。
 網戸の窓の向こうから蚊取り線香の香りがする。
 焦げたような埃っぽい風を感じた気がして、額に浮いている水滴を指ですくって舐めてみて汗かどうかを確かめる。汗なわけはない。
 この時期台風シーズンまでは快晴が続くことも珍しくないわけだが、そうは言ってもこの炎天下では雨ならなんでも、たとえ溺死者がでるほどのゲリラ豪雨でもこの際大歓迎だと思わずにはいられない。庭や畑に打ち水するほどの雨でも良い。蝉時雨を聞くくらいの気温に早くなってほしい。
 どうやってこのデカい家屋敷を維持しているのかしらないが、大叔父夫婦は狭くもない畑仕事に精を出している。もちろん納戸の整理や戻ってきた農具の掃除や片づけくらいは顎代替わりに手伝っているわけだが、いやまぁそれはさておき、暑い。
 と、渡り廊下をリズミカルな足音が響く。さて出るかと思った時には湯屋の戸が開け閉めされる気配が、そのまま遠慮なく夏星が風呂場に入ってきた。
「なんだ、朝からずっと入ってたの?」
「食事一緒に食べたろ」
 夏星はラッシュガードのまま手桶で組んだ水をアタマからかぶる。
 乱暴に飛沫が飛ぶ。
「おい、ナツヒ=サン」
「ハイ。詰めて詰めて」
 少し前に流行ったイントネーションで発した苦情を夏星は無視して、押しのけるように風呂に入ってきた。狭くない風呂桶だが、二人入るにはちょっと譲る必要がある。というか、男女で入るには微妙な大きさだ。
「ああ、もうオレ上がるから」
「そう?わるいねぇ」
 風呂から立ち上がり出るや、悪びれている様でもなく夏星はラッシュガードと水着を脱いで、風呂桶の中で濯ぎ出す。夏星の肩から胸脇腹のラインの筋肉のうねりは蠱惑的というよりは動物的で、年頃の女性の裸体というよりはライフセーバーの肉体という感じで、不思議なくらい自然に素通りできた。向こうも素っ裸のこっちを無視したのだからおあいこだ。と思ったところでふと寂しさが駆け抜けた。
 水で冷えたカラダに陰の差す縁側の夏の風はそこそこ心地よく感じられた。
 大叔父夫婦は畑から帰っていた。大きな麦わら帽子のツバが細い大叔父の体には不似合いですぐに分かる。
 茄子のぬか漬けをアテに麦茶を頂く。
「おちついたかい」
「おかげさまで。片付けあります?やりますよ」
 庭先の向日葵の産毛が白く輝いているような気がする。
「様子見に行っただけだから、とくにないよ」
 逃げ水を追い駆けるかのように庭先を飛び跳ねる犬を目で追って、思わず眇めたのに大叔父は苦笑しながら言った。
「今日は花火だから、明日は少しは曇ると思うよ」
 そんなに暑そうな顔をしていただろうか。
「——だいたい毎年花火の翌日は曇りなんだ」
 大叔父が言葉をつないだ。
「それは助かるなぁ」
 遠くかかる入道雲はかなたの方で雨を降らせているのだろうか。
「祭りってわけじゃないが、屋台も出てちょっとした縁日のようになるよ」
 雲が羨ましそうに見えたのだろうか。ぼんやりと陽炎に目をやっていると、慰めるように声がかかった。
「観光客も多いんでしょうね」
「海水浴のお客が多いから、花火だけってのはまぁそこそこかな」
 大叔父は少しばかり計るような声で言った。
「沢にゆこうぜぃ」
 夏星が妙なイントネーションで背後から声をかけてきた。
 声に振り向けば、淡い草色のワンピースを着て冷たく湿気った髪を軽く風に膨らませていた。微かに男物のシャンプーのミントの香りがする。風呂に乱入してきた時よりよほど色っぽい。
「もう昼だろ」
「おにぎり握った」
 思いつきにしても計画的らしい。
 大叔父は軽く笑って縁側から腰を上げる。
「具は?」
「シャケタラコウメコブ」
 妙なイントネーションで夏星が応える。
 準備万端ということらしい。
「わかったよ」
 沢というのは裏手を流れている川でたしかに沢だが、大きな岩をのぞかせた石がちのそれはちょっとした深さを持っている立派な淵で、海と違って果てなく泳ぐということは出来ないが、林を抜けた川風は熱を捨て清しい。
 夏星は川遊びに誘ったのかと思えば、荷物を持ったまま少し上流に向かい岩を伝い川を渡る。
 子供の頃は岩の感覚が広く、ちょっとした肝試しのような感じだった。
 川原の脇の林は家のあたりとは時間の流れが違うようで、蝉時雨がうるさい。
 対岸の岩陰の小さな菜園ではトマトとナスが夏の木漏れ日に輝くように実っていた。
 火星菜園と書かれた看板。ナツヒの名前の由来である和名夏日星、通称火星を家庭と掛けたものらしい。
「ややこしいセンスだな」
 足元にあまり大きくないスイカを見つけて慌てて避ける。
「なにが?」
「火星菜園。ってさ」
「父ちゃんの日照り干しってセンスよりはいいと思うよ」
 日照り干しは瓜の味噌漬けを干したもので塩っぱい干瓢のようなというか、つまりは味付きの干瓢で、このへんの新しい名産だ。
「旱星か。火星がよっぽど好きなんだな。おじさん」
「犬の名前がマルスにフォボスにダイモスだからね。ハイカラにもホドがあるよ」
 夏星は呆れたように口にしながら、小さな畑の手入れを始める。
「いつの間にこんなところに畑作ったんだ」
「だいぶ前からあるよ。少しづつ広げてったんだ」
 おもての畑から苗や土をちょろまかしてきて少しづつ領地を確保していったらしい。
「我が国土は実りに満ちておる」
 トマトの艶を褒めるようになで、夏星はその実を摘む。
「最初は自販機代わりに、なんか果物か野菜がほしいなぁと思ったんだ」
 摘みたてのトマトを沢の瀬で軽く濯ぎ、弁当を広げるながら夏星はそう言った。
「ウチに婿に来る気ある?」
 夏星は唐突に尋ねた。
 それは漬物の味を尋ねるような気楽な口調の問いだったが、深い川音を意識させる声でもあった。
「考えたこともなかった」
 口の中の握り飯を飲み込む間だけ考えてやっと出た答えは、正直な気持ちだったがつまらない言葉だった。
「考えられる?」
 夏星の問いはまぁそうだろうという顔つきだった。
「考えるのはもちろんいいけど、……結婚いつさ」
「アンタ、彼女とかいないの?」
 申し出に前向きな答えを返したはずだが、酷い言葉が問いかけられた。
「——まさか童貞?」
 怯んだところに畳み掛けられた。
「大事なところはそこか?いきなり話を振っておいて」
「ああ、ええとね。ウチもこの辺じゃ古い家だからさ、付き合いも色々あるのよ。何処と付き合うの付き合わないのって」
 夏星は親戚のはずだが、まるで遠い別の国の話をしているような気もする。
「で、あちこちから面倒臭げな見合いの話があるということか」
「どれも悪い話じゃないんだけどね」
 スジの良し悪しよりも関係がハッキリすることが面倒になることもある、ということらしい。
「付き合ってる男はいないのか」
「いるよ」
 あっさり答えられて、握り飯をかまずに飲んでしまう。
「でもまぁこの辺の男衆だからねぇ」
 夏星は寂しそうに言う。まさか身内にそういう話が出るような家であるとは思いもよらないわけだが、混ぜ返すような雰囲気でも気分でもなかった。
「子供出来ちゃってれば違ったかもだけど、そういう勢いもなかったしね」
「結婚しようって持ちかけた相手にする話じゃないよ。それ」
 常識的に夏星をたしなめるが、気分がわからないわけでもない。
「そういうわけだから、後で祭りに一緒に行こう」
 正直なところ夏星の言うことの流れの重要そうな点については半分も納得も理解も出来ないが、どうやらこの話がしたくてここまで連れ出したことは理解できた。
 夕刻海岸沿いの国道であった男は笑顔の爽やかな素朴な感じで夏星の好みがわかるような気もした。夏星の「こちらが許嫁。こちらが今彼」という紹介に困ったような顔を浮かべる彼が少し気の毒な感じもした。
 どのみち二人で話す機会も必要だろうと夜祭に紛れるのは、花火客で賑わう中ではそれほど難しくはなかった。
 結局そのあと夏星との結婚の話は帰るまで出なかった。
 あのときの夏星の国は遥かに遠く感じたわけだが、改めて火星菜園の世話をしている今年の夏はまた格別にとても暑い。エンドウ豆が元気よく伸びている。

スポンサーサイト
Comment Please!
  ※コメントタイトルでネタバレしないでください。
  ※コメント本文ネタバレ可。
Secre

TOP

Comments for this article...

拝読いたしました♪

凄いですねぇ!!
お題を総て入れて、きちんとこれだけのお話にまとめられるなんて……。
感嘆と共に、楽しく読ませて頂きました。

拝読しました。

この枚数で全てのお題を消化しているのがすごい。しかも、その使い方があまりにも自然すぎて、するするっと読めてしまうのに二度びっくりです。
そしてまさかの逆プロポーズ! 
夏星さんのサバサバっつぷりはむしろ清々しいです。というか、今彼に許嫁をさくっと紹介しちゃうあたりもすごい。男性陣は反論の余地もなさそうです(笑)
どっちと結婚しても男性陣は間違いなく尻に敷かれますね、これは。
私の中で、火星菜園のお野菜がとても瑞瑞しく美味しそうに感じられました。

「今年の夏はとても暑い」拝読しました。

はじめまして。「今年の夏はとても暑い」拝読しました。

ナツヒ=サンの格好よさにまず惚れました。
サバサバ通り越して爽やかすぎる! こんな人同性だって惚れます。ついていきたくなります。また質問が切れ味鋭いのに嫌味がないのがいい。
婚約者を紹介されちゃった今彼くんはちょっと不憫ですが、夏星さんの「子供出来ちゃってれば違ったかもだけど、そういう勢いもなかったしね」という言葉が全てですよね。拙速は巧遅に勝るというやつでしょう。
オチがまた痛快で、なんだかんだ夏星さんに似たところがあるのか、主人公くんもすんなり馴染んじゃってるのが爽やかでいいです。面白かったです。

それにしてもお題コンプリートとは…! すごいですね!

拝読いたしました。

巧みな文章で、スラスラと読ませられました。
本家ながら家主が大叔父さんなのは母方の本家か、故あって大叔父さんが継いだものの、長男筋の主人公に家を継いで欲しいとかあるのでしょうか。夏日さんは大叔父さんの孫でしょうか。それとも年取ってからの子かな?等々、田舎のオバさんのように気になったものでした。この二人は駆け落ちまでいくかしらん、などと妄想が膨らみました。
しかし緑がたくさんで建物もコンクリートでなさそうなところで、こんなに暑いものでしょうか。暑い日は、庭先のタライで行水に浸かりたいものです。

拝読致しました!

 兎にも角にも、お題コンプリートの偉業に盛大な拍手!
 文章でのお題がOKで難易度が上がっただろう今回、まさかコンプを達成される方がいるとは……。少ない枚数でスッキリまとまっているにも関わらず、全てのお題が違和感なく、するりと話に溶け込んでいることに感動致しました。特に冒頭、次々とお題をクリアしていく文章がリズミカルで、読んでいて大層心地よかったです。

 お題の話ばかりしてしまいましたが、主人公と夏星さんの飾らないやりとりにも大変楽しませていただきました。
 最後をタイトルで終わるのではなく、「エンドウ豆が元気よく伸びている。」という一文で締めるセンスが、個人的にすごく好みです。

拝読いたしました。

小稲荷さん、こんにちは。

夏の気候のようにカラッとした性格の夏星さんがとても魅力的ですね。今の彼氏との間に子供が出来ていれば話は別だった、という下りや主人公に対して未経験なのかと問う様子など、本当にさっぱりとし過ぎていて憧れますw
いろんな所から夏の風景が思い描かれました。

全てのお題を使った上での、するすると読んでいける文章力も素晴らしいです。あ、もう終わっちゃった……という気持ちがありました。

COMMENT
TOP

What's New (Comments)































COMMENT
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。