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水を撒く by 藤原湾

作:藤原湾 HP:蒼傘屋
分量:9枚  使用お題:ゲリラ豪雨、花火、帰省ラッシュ、お盆、麦茶、打ち水をする


 子供の声が聞こえる。
 隣家に帰省している孫達の声だろう。わたしは、思わず目をつぶった。
 八月も中旬に入った。いつもは年寄ばかりのこの村も、都会へ旅立った子供達がそのまた子供を連れて戻ってくる。ひと時の活気を得る。
 三軒並び、わたしの家を挟んで両側の遠戚という名の友人達も、それを出迎えるため、忙しそうだ。常日頃は細々と畑をやりつつ年金暮らしのわたし達。昼を過ぎると、わたしの家の縁側に集って他愛ない話に花を咲かせるというのに。
 面倒だの、何だのと言いつつ、帰省する子供家族を出迎え、半年ぶりの孫の顔を眺めるのが楽しみなのだろう。八月に入ってからは、顔が綻んでいるのが分かる。
 わたしはひとり、蝉時雨を聞きながら、縁側で目を閉じる。


 夏の暑さは、お盆の準備は、否応にも思い出させる。
 わたしにもまた、毎年出迎える家族がいた。
 夫を早くに亡くし、田舎の広いだけが取り柄の民家に、ひとりで住んでいても、さみしくなどなかった。
 夏になり、世間がお盆休みだと、帰省だと騒ぐ頃には、わたしの家も賑やかになったのだから。


 見るたびに大きくなる孫娘が嬉しそうに車から降りてくる。
「おばあちゃん!」
 駆け寄ってきては、にこにこと笑うのだ。
「いらっしゃい、また大きくなったねぇ」
 頭を撫ぜると、誇らしげに胸を張る。その姿が可愛らしい娘だった。脇に置いていた柄杓と桶を持ち上げると、不思議そうにそれを覗く。
「おばあちゃんは何をしていたの?」
「これは『打ち水』だよ」
 玄関先の砂利石が濡れているのを指さしてから、桶から柄杓で水を掬い、ぱっと撒いた。
「こうやって水を撒くとね、涼しく感じるんだよ」
 風を感じたのか、孫娘は笑う。
「ほんと! すずしくなるね」
 他にもお客さんをお迎えする時に、玄関を清めるという意味もあるんだよ、と教えると、分かったか分からなかったのか不思議そうにふーんと呟いている。
「じゃあ、おばあちゃんはあたし達にようこそってするためにも、水まいてたの?」
「そうだよ」
 何かを思いついたらしい顔で、笑いかけてくる。
「じゃあえんりょなく、おじゃましまーす」
 どこで覚えてくるのやら、玄関で慇懃にお辞儀をして敷居をまたぐ。孫娘はそうしてから、振り返ってまた笑っていた。


 そんな思い出も、遠い彼方のようだ。蝉時雨の声だけが、わたしの耳に響く。
 笑みに包まれた思い出は煙のように消え去り、代わりに思い出すのは。
 ブラウン管の昔ながらのテレビ。空撮された高速道路。画面端に書かれた「十二台玉突」の文字。
 思わず電話を取ったのを思い出す。
 もしや、まさか。
 事故について繰り返すアナウンサーの声はもう耳に入らなかった。
 息子の携帯電話は「電源が入っていないか電波の届かないところに……」とアナウンスを繰り返すだけだった。
 彼らが帰省するはずだった八月十三日は、誰も迎えないまま終わったのだ。


 あれから一年。
 またうだる暑さの夏が来ている。
 それでも迎える相手のいない玄関先に水を撒く気にもなれず、ただ縁側で蝉時雨を聞いていた。
 昔はよく降った夕立も、今は『ゲリラ豪雨』なんぞに出番を取られている。まだまだ寝苦しい夜が続くのだろう。
 わたしはそれでも動けなかった。
 あの子達を迎えるための打ち水を、あの笑顔が見れないのに撒く気にはなれなかった。


 ふと、目が覚める。そのまま転寝をしていたらしい。少し涼しげな風が風鈴を小さく揺らしていた。
「お邪魔してるわよ」
 声がして、ゆっくりと体をそちらに向かせる。左隣の友人だ。
「……孫が来てるんじゃないの」
「あまりに煩いから、避難してきたわ」
 わたしの頭を撫でる。まるで子供にするように。
「煩くしてごめんなさいね」
「——子供だもの。仕方ないわ」
「でも」
 そこで言葉が止まった。言いたいことは分かる。でも気を回してほしくなかった。思い出したくないそれを思い出させるのは。
 勢いをつけて起き上がる。彼女は「腰を痛めるわよ」と言う。
「麦茶、飲んでいく?」
「ええ頂くわ」
 台所へ抜けて、冷蔵庫からコップ二つと麦茶のペットボトルを出す。冷えたコップで入れると冷たさが保たれるような気がして。
 思わず笑ってしまう。もう必要ないのに、コップが四つ入っていることに。
 麦茶を注いでから、彼女に渡す。冷えたコップを当然のように受け取った。
「夜ね、うちの孫達が下の河川敷で花火をするのよ」
 彼女は麦茶で口を潤してから、呟いた。冗談ではない、そんな楽し気な場に出ていけるほど、わたしは強くない。
「——行かないわよ」
「私も行かないわよ」
「は?」
 耳を疑った。
「河川敷なんて、足場も悪いし、まっぴらごめん」
 コップの中の麦茶を飲み干して、コップを押し付けられる。
「あっちのばーさんも、避難したいって。娘が甘えてあれやこれやって言ってくるんだってさ」
 右隣の家を指さしてから、彼女は縁側から立ち上がった。
「だから三人で、今夜夕涼み会をしましょうよ」
 あぁ。
 分かってしまった。
 わたしがさみしいのを、分かられてしまった。苦しくて仕方がないのを、悟られてしまった。
 彼女達は何も言わない。そう、この一年何も言わなかった。
 ただ普通のように、常のように、わたしと共に居てくれたのだ。
「……大きなスイカが取れたの」
 わたしは呟いた。それから笑った。
「裏の井戸で冷やしておくわね」
 彼女も、嬉しそうに笑った。


 夕食の準備をするのだろう、いったん隣家へと帰って行った彼女の後姿を見ながら、わたしは立ち上がった。
 日が傾き少しは気温も落ち着いたのだろうが、まだまだ暑い。
 雨水を貯めた桶と柄杓を持ってきて、その水を玄関先に撒いた。
 わたしのために来てくれる大事な友人たちのために。
 わたしは人知れず、笑みを浮かべていた。

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Comments for this article...

拝読致しました。

拝読し終えてふっと浮かんだのが、限界集落の風景です。
そこに暮らす方々は、遠くで暮らす子孫より、家族なのだと……。

拝読しました。

家族を失った主人公に寄り添う隣人たちが温かくてじんときました。
彼女たちは普通でいることで、主人公を見守り、励ましていたのですね。私もこういう風に気づかえるお年寄りになっていけたらいいなぁ。
失ったものは二度と戻らないけれど、それでも主人公を取り巻く人達はとても優しくて、読後は穏やかな気持ちになれました。
主人公が大切な人達のために再び打ち水をするようになって本当よかったです。

「水を撒く」拝読しました。

はじめまして。「水を撒く」拝読しました。

シンプルなタイトルですが、まさにその通り心に水を撒いてもらって、じわっと染み込んでいくみたいなとてもいいお話でした。
不幸を経験してまだ悲しみが癒えない主人公に対し、お隣さんが見せた心遣いがいいなあと思います。作中のシーンにもありましたが、目覚めた時に黙って傍にいて、頭を撫でてくれるような優しさ。主人公の人となりについて触れるくだりは多くありませんが、周囲に案じられ、慕われるような方なんだろうなと思いました。

それにしてもこの内容で原稿用紙9枚というのに驚きです。
こんな枚数の中にこれほどしっかりしたストーリーが描かれているなんて…もっと長い物語のような奥行きと、登場人物の息遣いを感じるようなお話でした。

拝読致しました!

 短い枚数の中、丁寧にそっと置かれたような、ゆるりと穏やかなお話でした。打ち水で誘いこまれた涼風が、読後に感じられるようです。
 短い一時だけ大袈裟に励まされるより、ただ黙ってずっとそばに居続けてくれる方が、どれだけ傷ついた人の心の支えになることか。本当の友情ってそういうものなんですよね。

 おばあさんたちのやりとりに品があり、けれど親しみやすさもあり、彼女たちの人間性に素直に憧れました。

拝読いたしました。

愛する者を喪った悲しみが静かに伝わってくるお話でした。
ただ細かな設定がちぐはぐなため、どうも雰囲気がしっくりしませんでした。
息子一家が亡くなって一年。一周忌と初盆で、田舎ですから旧友達はその手伝いをし、お寺さんを呼んだり迎え火をしたはず。思い出したくないで済むのかな?と。
また冷蔵庫にある麦茶がペットボトルであることや友人の気遣いの仕方など、登場人物の感覚が若いような気がしました。

拝読いたしました

藤原さん、こんにちは。

主人公の「家族を大切にしていた気持ち」と、隣家の人たちの「主人公を大切にしたい」気持ちが溢れていて、目頭が少し熱くなりました。
言葉遣いや感覚が少し若いという感じはいたしましたが、時代柄若くして祖母になられる方も多いので問題無いかと思います。

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