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ナツとの遭遇 by sagitta

作:sagitta HP:ある日の空の顔。
分量:25枚  使用お題:蝉時雨を聞く、親戚の家、汗を拭う


1.
 ミーンミンミンミンミンミンッ、ミーーーンッ………ジーッジーッ……
 ツクツクボーシッ、ツクツクボーシッ……
 こまくと直接つながるうめこみ型スピーカーを通して、どう考えてもノイズにしか聞こえない不快な音が、僕の耳の中にひびきわたる。
「ちょっとSari! なんなのこの変な音?!」
 僕は、声に出さない思考通信で、体内接続中の『人格インターフェイス』に抗議する。
『ご指示のとおりにしただけですが』
 悪びれもしないすずしい機械音声で、人格インターフェイス、Sariが応える。……まぁ、Sariは機械だから、悪びれるなんてことはないんだけどさ。
「僕は、夏を感じさせてくれ、って言ったんだよ。なのになんなのこの雑音……」
『蝉しぐれです』
「えっ」
『蝉しぐれです』
 Sariがくり返す。どうやらさっきの雑音のことを言っているらしい。
『かつてシティにも生息していた、節足動物昆虫類の一種の鳴き声です。これらの種は、成体が夏にのみ活動して鳴き声を上げていたため、こうした音は『夏の風物詩』とされていました。当時の人々は、蝉しぐれを聞くことで夏を感じていたとされます』
 Sariが淡々と説明する。この雑音で「夏を感じる」だって? ……昔の人って、わけがわからない。
『立体映像を展開します』
 僕が納得しないことにしびれを切らしたのか(機械がしびれを切らすことなんて、あるとは思えないけれど)、Sariが出し抜けにそう言ったとたん、僕のまわりの風景が一変した。
 僕はまっしろなかべにかこまれた自分の部屋にいたはずなのに、いつの間にかそこは、林の中だった。Sariが、僕のもうまくにうめこまれたディスプレイに接続して、立体映像を展開したんだ。
 僕をとりかこむ背の高い木々。おいしげった葉っぱのすき間からさしこむきらきらした光は、太陽の光。いわゆる日光、というやつだ。そして、こまくに直接ひびく、蝉しぐれの音。
 Sariの誘導にしたがって僕が一本の木の幹に目をやると、視覚がズームモードに切り替わった。木の幹の一部がアップで映し出され、そこにへばりついていたきみょうな生きもののすがたが大写しになる。
「うへぇ」
 僕は思わず、悲鳴を上げていた。
 緑と黒のまだらもようの体。どう考えても大きすぎるすきとおった羽根。ロボットアームみたいな細長いたくさんのあし。そして、どこを見ているのかさっぱりわからない、宇宙人みたいな顔。
 節だらけのおなかを一生懸命にゆらしながら、僕の手のひらよりも小さい体からは考えられないほどの大音量で、ミーんミンミン……と、壊れたモーターのような声を上げている生きもの。
 ハッキリ言って、キモチワルイ。
「もういいよ、消して」
 僕がうんざりしながら言うと、周囲の林は一瞬にして消え去り、僕は元通り自分の部屋にいた。
『どうです、ソラ。夏を感じられましたか?』
「感じられるわけないよ!」
 無神経にたずねるSariに、僕はちょっとだけいらいらした声で(声といっても思考通信だけど)応えた。あんなのが夏だなんて、意味がわからない。
「とはいえ困ったなぁ……」
 僕は思わず口に出してつぶやいた。うちにいるのは僕だけだから、これは聞かせる相手もいない、独り言。
 どうして困ってるかというと、夏休みの宿題のせいだ。今年の夏休み、学校で出された宿題は一つだけ。
 それが、「夏を感じてくること」。
 ちょっと変わり者で知られる担任の先生は、「なかなかうまい宿題を出した」と思っているらしく、とくい顔だったけど、生徒たちはいっせいに困惑の顔を浮かべていた。
 僕たちは夏を知らない。夏が――季節がなくなってから生まれた世代だから。
『博士に、相談してみたらいかがですか?』
 Sariがそう提案してくる。
 そういえば先生も、お父さんやお母さんに聞いてごらん、って言ってたな。できればパパの力を借りずにやりたかったんだけど……しょうがないか。
「うん、そうする。Sari、パパに通信をつないで」
『承知しました』
 Sariが答えるのと同時に、僕の頭の中に小さなコール音が鳴りはじめる。
 研究者のパパは、いつだっていそがしい。パパが家で過ごすことなんて、一年に全部で10日あるかないかくらい。
 いつだってシティの中心にある研究所にこもって、朝から晩まで仕事、仕事、仕事だ。
 一度だけパパの職場を見学させてもらったことがあったけれど、パパは僕のことなんてそっちのけで仕事に夢中で、つかれきった僕が先にホテルにもどったことにも気づいていなかったくらいだ。
『ソラじゃないか、どうかしたのか?』
 かちゃ、という小さな音と同時にコール音がとぎれて、久しぶりに聞くパパの声が頭の奥に飛びこんでくる。同時に僕の網膜に映像が展開。目の前にパパのすがたが現れる。よれよれの白衣をきて、白髪がまじりはじめたボサボサのかみのけ。大きな目だけが子供みたいにキラキラと輝いている。
 いつもめちゃくちゃにいそがしいパパだけど、僕からのコールにはかならず出ることにしているんだって。僕にも「いつでも遠慮しないでコールしてきていい」と言ってくれてる。それが、パパが僕にした、たったひとつの約束。
 だから、会えないのがさびしいときも、まぁ、ないわけじゃないけど、がまんがまん。なんたってパパは、この都市でいちばんの天才研究者なんだから。
「パパ、夏休みの宿題について相談したいんだけど」
 僕がそう言うと、パパはうれしそうに大声を上げて笑った。
『夏休みの宿題か! ソラもそういうのをやる歳になったんだなぁ』
 「そういうのをやる歳」だなんて、パパったらすっとぼけてる。いつまでも僕が赤ちゃんだと思ってるんだ。僕が学校から宿題をもらってくるのなんて、もうずっと前からのことなのにさ。
『任せとけ! それで、どんな宿題なんだ?』
「夏を感じてくること、だって」
 僕が短く応えると、パパは驚いたように目を丸くして、それからにやり、と笑った。
『ほう……なかなか詩的な宿題だな。なるほど……なるほど』
 パパはその宿題が気に入ったらしい。なんだか満足そうにうんうん、とうなずいてる。パパも変わり者だから、きっと先生と気が合うんだな。
「何をしたらいいかな?」
 たずねた僕に、パパはとっておきのイタズラを教えるガキ大将みたいな顔になって、ニヤリと笑った。
『ぴったりの方法があるぞ。夏休みの間に、コータローのところに行ってくるといい』
 その言葉に、今度は僕が驚く番だった。
「えっ、コータローおじさんのところに?」
『ああ、パパから連絡しておくよ。行き方や必要なものは、あとでSariに伝えておくから。出発は……そうだな、明日の朝にでも』
「えっ、ちょっと待ってそんな、いきなり」
『そうかそうか~、うんうん、そろそろ行かせようと考えていたが、なるほど、なるほど、これは、ちょうどいいタイミングだな!』
 戸惑う僕のことなんて目に入らないかのように、パパはひとりで納得して何度もうなずいている。こうなっちゃうと、パパは人の話なんて聞きやしないんだ。
『細かいことはSariに聞くといい。Sari、ソラを頼んだぞ』
『ええ、お任せください、博士』
 パパに声をかけられて、Sariがうれしそうに応える。機械の声に感情なんてないはずだから、もしかしたら僕の気のせいかもしれないんだけど……パパと話すときのSariの声は、たしかにうれしそうに聞こえるんだ。それもそのはず――パパは、Sariの生みの親だから。
 今じゃ人口の80%以上が自分用を持っているとまで言われる、人格インターフェイス『Sari』は、僕のパパ、ソウタ博士の発明品だ。「Sari」という名前はなんちゃらかんちゃらインターフェイスの頭文字をつなげたもの――と、公式発表によればそう説明されているけど、実際はそれが病気で死んじゃった僕のお母さん――つまり、 パパの奥さんの名前からつけられた名前だってことは、パパの知り合いならみんな知ってる。
『じゃあな、ソラ。健闘を祈る!』
「ちょっ……」
 そう言ってパパは、僕が止めるのもおかまいなしに一方的にコールを切った。きっと今頃もう、パパの頭の中は次の仕事でいっぱいのはずだから、もう一度かけ直すのも気が引ける。僕はあきらめて、ため息をついた。
「もう……あいかわらず強引なんだから」
『さっそく、出かける準備をしましょう。ほら、博士から持っていくものリストが送信されてきましたよ』
 Sariの声が、心なしかはずんでるみたい。まったく、こういうところはパパにそっくりなんだから……。
 そんなふうに思ってからふと、僕はある事実に思い当たる。そっか。僕とSariは兄弟みたいなものなんだな。生まれたのは僕の方が先だから、僕がSariのお兄さんだ。
 そう思うとちょっとだけ気分がよくなって、僕はむねをはってSariに命令した。
「赤いぼうしを用意して、Sari。あれを持っていこう」
『博士に買ってもらったぼうしですね。承知しました、ソラ』

2.
 我々が季節と気候とを失ったのは、前世紀の終わり頃。
 惑星規模の気候変動と、多重の要因による異常気象の連続、そして深刻な大気の汚染により生存に適さなくなりつつあったこの星で、快適に暮らし続けるため、我々人類は大きな決断をした。
 それが、都市ドーム化計画、通称『エデンプロジェクト』である。これにより、我が国の人口の80%が居住するシティはすべて巨大なドームに覆われ、内部環境は完全にコントロールされることになった。これにより我々は、祖先たちの永年の悲願であった、「天候や災害からの解放」を果たしたのである……。

 僕がエアスクーターにまたがって、リニアメトロのステーションに向かうあいだ、Sariが僕の頭の中で、『シティの歴史概説』を読み上げる。このシティができたとき――つまり僕が生まれる前のことだけど――につくられた宣言で、僕らも学校で何度も聞かされた内容だ。……とはいえ、それがどういうことを言っているのか、実はあんまりよくわかってない。僕が生まれ育ったシティには、はじめっから「季節」とか「気候」なんていうものはなかったんだから、それがなんなのか、僕たちが実感するのは難しい。
「先生が言ってた『夏』っていうのは、『季節』のひとつ、なんだよね?」
『ええ。ちょうど今の時期、つまりカレンダーでいう8月ごろは、「夏」という季節に当たっていました』
 僕が確認すると、すぐにSariが応える。
「夏っていうのはたしか……太陽が出ている時間が長くて、植物がよく育って……あと、なんだっけ?」
『気温と湿度が高い。つまり、「むし暑い」、です』
 そうそうそれだ。たしかに授業で習った記憶がある。でも、むし暑いって……いったいどんな感覚なんだろう?
 自動操縦のエアスクーターで道を進みながら、僕はふと、真上を見上げてみた。シティをつつむドーム、その天井の内側には最新式のディスプレイがとりつけられ、真っ青な空と、ところどころにうかぶ白い雲を映し出している。この天井の向こうには、本当の「空」が広がっているらしい。僕の名前の、元にもなった「空」。
『ソラ、そろそろ終点につきます』
 Sariの声で、僕ははっと顔を上げた。シティの中を縦横無尽に走るリニアメトロの、その終点ステーションまで来たのは、生まれて初めてだった。僕だけじゃない。きっとスクールのクラスメイトたちだってたぶんだれひとり、ここまで来たことはないだろう。
 うす暗い終着駅にぽつん、とかがやく電光掲示板に示された文字は、「シティ出口」。シンプルすぎる駅名。だれもいない駅。いつもたくさんの人でにぎわっているシティ中心部のステーションとは大違いだ。
 車両が停止すると、すっと、音もなくリニアメトロの扉が開いた。
『どうしました? 降りますよ、ソラ』
 なかなか動けずにいる僕に、Sariが心配したような声をかけてくる。
「わかってるよ」
 僕はつばをのみこんで、ゆっくりと立ち上がった。背中にしょったリュックサックが肩に食い込んでずっしりと重い。こんなにたくさんの荷物を持ったのだって、はじめてかもしれない。
 僕はリニアメトロを降りて、ステーションのホームに降り立った。
 ブッブッ。
 背中の方から聞きなれない音が聞こえてきて、僕はふり返った。
 ホームを出たところに、旧式のでかい自動操縦のジープが一台とまっていて、どうやら僕を待っていたみたいだった。
「オマチシテオリマシタ、ソラ。サア、オノリクダサイ」
 ジープから、旧式感丸出しの平板な機械音声がする。
『コータロー博士からのお迎えのようです』
 Sariに言われるまでもなく、そんなことはわかってる。イマドキこんな古い車を使ってるなんて、きっと、おじさんしかいないに決まってるもん。
 僕はかくごを決めて、座り心地の悪いジープの座席に乗り込んだ。僕が乗ると、ジープの扉がバタンッと音を立てて閉まった。
「オツカマリクダサイ」
 そう言ってジープは走り出した。ガタガタという振動が座席に伝わって、しっかりとつかまってないとおっこちてしまいそうだ。
「コータローおじさんに会うのは、すっごく久しぶりだよね」
『はい、記録によれば、1823日ぶりです』
 僕の独り言に、Sariが細かくこたえる。1823日だなんて、思い出すこともできないほど遠い昔。前にコータローおじさんが来たときには僕はまだ全然子どもだったから、おじさんのことはほとんど覚えてない。それに、前はおじさんがシティに来たんだ。だから、おじさんがふだん住んでいるところに行くのは、これがはじめてだった。
 そう、おじさんは、シティの外に住んでいる。
 人口の90%以上がシティに住んでいるんだから、これは特別なことだ。
 コータローおじさんは、お母さんの弟でパパと同じく研究者だ。だけど、コータローおじさんとパパは全然ちがう。おじさんは「生物学者」なんだ。地球に残された生きものを研究するために、わざわざシティの外にある「特別保護区」にいるんだ。
『シティを出ます』
 頭の中にひびいた、Sariの声。なんとなく緊張しているように聞こえたのは、気のせいだろうか。考えてみれば、僕専用のSariは生まれたときから僕といっしょなんだから、Sariだってシティから出るのははじめてなんだ。
 僕だけを乗せた旧式のジープは、ガタガタと音をさせながら進み、シティの出口へと僕を運んでいく。目の前に見えていた銀色の扉が、静かにスライドした。
 強い光が飛び込んできて、僕は思わず目を閉じた。
 この先にあるのは、まだ見ぬ外。「夏」の世界だ。

3.
 ミーンミンミンミンミンミンッ、ミーーーンッ………ジーッジーッ……
 耳をつんざくようなその音が、「蝉しぐれ」だということに気がつくまでに、しばらく時間がかかった。それはSariが聞かせてくれた録音とは全然ちがっていて、なんだかむねにせまる必死さと激しさをもっていた。まさに、生きものの声、という感じ。
 ジープが停止して、僕たちが降り立ったところは、かつて立体映像で見たような、背の高い木々におおわれた森だった。僕はすっかりと体中をせみの声につつまれていた。真上からはまぶしい太陽の光がふりそそいで、僕の体に照りつけていた。
 そしてなにより――
「いったいなんなの! 空気がぬるっとしているし、なんだか体全体が熱があるみたいにぼうっとする。それに、体から汗があとからあとから出てくるよ……」
『気温32度、湿度75パーセント。これが、『蒸し暑い』というものですね』
 生まれてはじめて「汗を拭う」ということをしながら悲鳴を上げる僕と、すずしい声で説明するSari。そりゃ、Sariは体がないから、この「蒸し暑さ」もわからないだろうけどさ。まさか、「蒸し暑い」ってのがこんなに苦しくて、不快なものだとは知らなかった。
「あっ、もうダメだ、目が回る……」
 顔がぐわーっと熱くなって、世界がぐるぐる回りはじめた。視界がどんどん暗くなっていく。
『ソラ、大丈夫ですか? 意識レベルが低下しています、このままでは……』
 心配するSariの声を耳の奥で聞きながら、僕の意識は、遠のいていった。

*  *  *  *  *

 ぼんやりとした意識のなかで、僕はぬくもりを感じていた。だれかが僕の頭をやさしくつつみこんでゆっくりとなでてくれるのを感じる。
 あ、これは、お母さんだ。僕が5歳のときに、病気で死んじゃったお母さん。とてもやさしくて、あったかい人だった。ひざの上に僕を乗せて、よくお話をしてくれたんだ。お母さんが小さいころの話。まだ、シティがドームにおおわれていなかったころの話。生きものが好きで、弟といっしょに森の中でかけまわって生きものをつかまえていた話。
 久しぶりにぬくもりにつつまれて、僕はしあわせな気持ちでそれに体をゆだねた。
 不意に、僕のくちびるに、やわらかくてちょっとあたたかい感触がした。
 どこかから声がする。やさしい声。お母さんの声?

「……じょうぶ?」
 その声に応えるように、僕はゆっくりと目を開いた。
 目の前に、心配そうな女の子の顔。
「だ、だれっ?!」
 僕はびっくりして、急いで体を起こした。僕の頭にあったぬくもりがふっと消える。ん? ぬくもり? 今の今まで自分の頭があったところに目をやると、僕の顔は一気に熱くなった。なんと、僕は知らないうちに、女の子にひざまくらされてねていたらしい! それに、まだくちびるに残るやわらかい感触――。
「もう大丈夫そうで、よかった。水を飲ませといたけど、もっと飲んだ方がいいよ」
 あわてふためく僕と対称的に、女の子がおだやかに笑って、水筒に入った水を差し出してくる。歳は僕と同じか、少し年下くらい。肩までのばした真っ黒なかみの毛と、チョコレートみたいな色の顔。顔だけじゃない、白いノースリーブシャツからむき出しになったうでも、ジーンズ生地の短パンからのぞくふとももも、みんなチョコレート色だ。「夏には、みんな日焼けして、真っ黒だった」。そんなお母さんの昔話を、ふと思い出す。
「えっと、僕は……どうしたんだっけ?」
『突然の蒸し暑さに体がついていかず、意識を失っていたようです。今は血圧、体温など正常にもどっていますが……あれ? また脈拍が少々上昇しています。これは……』
「あー! あー! それはいいの! ちょっとだまってて!」
 僕はあわててSariの言葉をさえぎった。
「どうかした?」
 女の子が、ふしぎそうに首をかしげてこっちを見つめてくるから、僕の心臓がまたどくん、と音を立てた。
『ソラ、脈拍の上昇が――』
 頭の中で告げてくるSariの言葉を無視して、僕は女の子にむきなおった。
「えっと、そ、その、助けてくれたんだね、ありがとう」
「ううん」
 僕が言うと、女の子はふんわりと笑って、首を横にふった。
「僕は、ソラ、っていうんだ。えっと、君は?」
「――ナツ」
 女の子が、僕の目をまっすぐに見つめたまま答える。
 それでようやく僕は思い出した。コータローおじさんに、娘がいること。僕のお母さんが頼まれて、夏生まれのその子に「ナツ」と名づけたこと。
「ソラ、あたしの友達になってよ」
 ナツが、チョコレート色の手を僕に差し出してくる。
「あたしが夏のいいところ、たくさん教えてあげる」
 意を決して手を取った僕に、ナツがいたずらっぽく笑いかける。
『楽しみですね、ソラ』
 Sariもそんなことを言う。
 ふと、風がふいた。葉っぱと葉っぱがこすれ合って、ささやきのような音を立てる。葉っぱのすき間からは細かくなった太陽の光――そう、たしかこれは「こもれび」っていうんだ――がふりそそいで、僕らを照らしていた。木々にさえぎられたこもれびには、僕を責め立てるような熱さはもうなくなっていて、それにほてった体をくすぐる風が心地よくて、僕は少しだけ夏が好きになれそうな気もちになってきていた。
 いつの間にか、ノイズみたいだったせみの声が、心地よいBGMに変わっていた。僕はナツに手を引かれたまま、森の中を歩きはじめた。靴底に感じる、土の感触。てのひらに伝わる、汗ばんだぬくもり。
 僕の今年の夏は、まだまだ暑くなりそうだった。
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  ※コメントタイトルでネタバレしないでください。
  ※コメント本文ネタバレ可。
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Comments for this article...

拝読致しました♪

素敵な夏休みになりそうですねv
最後の場面の森を抜けると、
果てしなく広がる夏の空に、大きな入道雲が立っている♪
そんな想像を致しました。

拝読しました

sagittaさん、こんにちは。
お祭り運営ありがとうございます。

夏の入口に立った少年の、冒険と初恋の始まり――といった感じで、うだるような蒸し暑さと、生命力に溢れた蝉時雨と、ソラくんの胸の高鳴りが伝わるようなお話でした。
次第に壊れつつありますが、まだ、季節も自然もある現代に生きる私には、無機質な近未来の風景も面白かったです。
「夏を感じてくること」を宿題にするなんて、粋な先生ですね。
そしてSariがとてもいい。機械だから、ではすませられない、作り手の温もりが感じられるような、とぼけた感が何とも。
そんなSariのお兄ちゃん気分になるソラくんがまた、そういう年頃なんだろうなっていう男の子っぽくて微笑ましい。
いや逆だろう、と、読みながらにやにやしてしまいました。
亡くなったお母さんの思い出と、重ねながら語られるナツちゃんの描写が、ちょっぴり切なくて、きらきらと眩しい。
ソラくんの「ソラ」という名も、お母さんが付けたのかな? と思いました。
ナツちゃんは、人と友達になるのは初めてなのでしょうか?
ソラくんにもナツちゃんにも、忘れられない素敵な夏になりそうですね。

「ナツとの遭遇」拝読しました。

sagittaさん、夏祭りの運営お疲れ様です!
お蔭さまで楽しい時間を過ごしております。ありがとうございます。

個人的に好きなテーマが盛りだくさん!な作品でとても楽しく拝読しました。
原稿用紙25枚の中にSFあり、親子の絆あり、甘酸っぱいボーイミーツガールあり、そして人間味がないようであるAI萌えとこれでもかーこれでもかーとツボを押されている気分でした。
たったこれだけの内容にぎっしり詰まった面白さ。すごいです。
ソラもナツもSariもすっごく可愛くてものすごくにやにやしました!

本当はもっと真面目な感想を書こうと思ったのですが、何度読み直しても可愛いという感想しか出てこないのが困ります。可愛い、本当可愛い。
特にかわいいのがソラの身体状態を読み上げちゃうSariですね。そんなことないはずなのにもしかしたらわざとやってるんでは?と思えてしまう絶妙さ。こんなに時代が進んでるなら人間をからかう機能付きAIがあってもおかしくなさそうです。
ソラくんが楽しい夏休みの思い出をいっぱい作れたらいいなあと思います。

拝読しました。

今年も素敵な企画を立ち上げて頂きありがとうございます。
蝉の描写が事細かくて、さすがsagittaさん、と思ってしまいました。
成り行きでドームの外に出たもやしっこソラくんですが、弱っ。水筒とか持ってこなかったのかなぁ?
まぁ倒れたおかげですごいラッキーが起こったのでしょうけど。ふふ。
近年の温暖化を考えると、こういった世界はいずれ出てくるんだろうなぁ、と思いつつ、夏を知らない子どもたちが出てくるのかな、と思うとちょっと淋しいですね。
私も夏の暑さが苦手な一人ですが、あの暑さがあるからこそ自然のありがたみや先人の知恵を知ることが出来るんだなあと改めて考えさせられました。
初めての夏空の下で彼がナツちゃんとどんな日々を過ごすのか是非読んでみたいです。
蛇足ですが、Sariさんの「1823日ぶり」に思わず計算機出して1823日=ほぼ5年ぶりと算出した自分がおりました(笑)

拝読しましたo(^_^)o

季節も気候もない環境で夏を感じろなど、なんてムチャな宿題なんでしょう!
これはもう、ソラ君のような特別な身分の人しかできない宿題ですね。先生も人が悪いなぁ。
などと思いながら。
蒸し暑さでひっくり返ってしまう弱っちい彼が、大気汚染の進んだ環境でどれだけ夏を堪能できたのか気にはなりますが、よい思い出になりそうですね。

拝読いたしました

的確な描写から日本の本州以南の夏の様子が、視覚、聴覚、触覚の伝わってきました。また対照的なドームの快適な環境も細やかに描かれて、眼に浮かぶようでした。
背景と登場人物の紹介があって、これからお話が始まるという感じですね。
外の世界の様子、コータローおじさん、ナツがどういう風に描かれるか楽しみなところです。

拝読致しました!

 季節がなくなった未来の子どもから見た「夏」の描写が新鮮で、初めてセミを見たら、初めて暑さを実感したら、確かにこんな感想をいだくのかもしれないな、と頷かされました。
 ソラくんとSariが実にナイスコンビで、二人(人?)のやりとりをずっと聞いていたいような気になります。粋な宿題を出した先生も、強引だけど優しいお父さんも、勿論ナツちゃんも、登場人物が皆魅力的ですね。読了後も、これから始まる新しい物語が垣間見えるようでワクワクしました。可愛らしい、爽やかな夏のSFをありがとうございました。

 そして最後になりますが、sagitta様、主催おつかれさまでした。
 お陰さまで久々に気合を入れて執筆に臨むことが出来、ありがたくも温かい感想の数々をいただけました。また、皆さまのバリエーション豊かな「夏」の作品を存分に堪能し、一斉公開以後は一日一感想を目標に、連日本当に楽しませていただきました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
 お祭りはまだまだ終わらないと思いますので、今後も増えていくだろう皆さまの感想などを楽しみにしております。

今年も企画ありがとうございます。

今年も企画ありがとうございます。
そして今年も感想が遅くて申し訳ないです。

作品拝読しました。SF者としてはドームの外の世界に想像を向けずにはいられません。季節がないというのですから、1年中この気候なのでしょう。居住できないというなら、ソラくんが倒れた32度は、1日の最高気温ではないかもしれません。それでもそこで娘を育てるには何か思惑があるのかもしれません。
先生のだした宿題の意味はもしかしたら遠回しに「外へ出てごらん」ということだったのかも……。
……などと思いました。ソラくんがこれから何を見て何を考えるにせよ、ナツちゃんは寄り添ってくれるのではないでしょうか。

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