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蚊取り線香の思い出 by 月島瑠奈

作:月島瑠奈 HP:満月未満
分量:7枚  使用お題:蚊取り線香、汗を拭う、ゲリラ豪雨、麦わら帽子、打ち水をする


『ちょうどよかった。みりん買ってきてみりん!』
 いつも通りの帰るコールをしたら、待ってましたと言わんばかりの奥さんの声が耳に届いた。お疲れ、までは要求しないからもしもしくらいは言ってくれ、と口から出かかったが堪えた。育ち盛りの怪獣(息子一歳半)と日々格闘してるんだ、こんな事くらいで文句を言ってはなるまい。
「解った、どこの使ってるんだっけ」
『別にどこでも……たーくん何やってんのー?! やだーもう。ごめん! お願いね!』
 返事をする前に電話が切れた。
 今日も怪獣は絶好調(?)だな。汗を拭いながら、近くのドラッグストアに足を運ぶ。
 連日の猛暑に昼間のゲリラ豪雨が重なり、夜七時を過ぎようと言うのに蒸し暑さが半端ない。

 ドラッグストアの入り口で出迎えてくれたのは、ワゴンに入った大量の蚊取り線香の缶だった。
 未だにこれだけの需要があるのか、それとも在庫を捌きたいだけなのか。どちらかは解らないけれども、少なくともうちでは需要はない。実家でも電気式のものを使っていたので、ああ昔はこれだったよなあ、と懐かしむ事もない。
 いや、婆ちゃんと同居を始めた頃に一時期使った事はあったっけか。


——みてごらんまあくん。これは蚊取り線香っていってね。置いておくと蚊が来なくなるんだよ。

 小学校に上がる前の俺にとって、ぐるぐると渦巻いている緑色の物体はそれだけで十分に幼心に訴える何かがあった。ライターで火が付けられゆっくりと煙をくゆらせながら燃え縮んでいく様がとても面白かった。余りに面白過ぎて、しばらくずっと眺めてた事を覚えている。
 母親が「電気式のがあるのに始末が面倒なものをわざわざ買ってくるとかもったいない」とかなんとかいって、活躍したのはその夏限りだったけれども。
 
 そういえば、最近は打ち水してる人も、麦わら被って駆け回っている子供もそんな見かけないなあ(そもそも毎日暑いから、屋内施設で暑さを凌いでる人が多いんだろうけれども)、それも時代の流れかねえ。と何気なく蚊取り線香の缶を手にしながら思い。すぐに、みりんみりん。と反芻しながら、ワゴンの山に戻す。
 思い出にふけるのは、奥さんからの指令を遂行してからだ。

 さてみりんを買わねば、と思ったところでのスマホが再び震えた。なにか足りないものでもあったか、と画面をみると表示されていたのはお袋の名前だった。そう言えば、昨日から何回か着信が入ってたっけ。かけるの忘れていた。多分時期が時期だからお盆の休みの話だろう。
 はいはい、今出ますよ。と誰ともなしに呟きながら応答ボタンを押す。スマホを耳にしたところで近くで陳列作業していた店員ににらまれた気がしたので、慌てて足を店外にむける。キンキンに冷えた店内と、サウナ状態の外気のギャップが気持ち悪い。

「もしもし」
『やっと出たよバカ息子』
 いかにもご機嫌斜めな声が聞こえてくる。
「電話出たら、もしもしくらい言って?」
 定年過ぎた親父とずっと一日じゅういるお袋にはするりとこういう文句が出てくるんだよなあ、と思いつつ応対する。別に、親子仲が悪いとかそういう訳ではない。そういうコミュニケーションというだけだ。
『あんたがいつまでもお盆にくる日を連絡しないのが悪い』
「……決まってない休みを連絡出来る訳ないだろ」
『じゃあ、早く決めて』
 無茶を言う。自営業じゃないんだから、企業のヒラ社員が一存で休みを決められる訳じゃないか。
『早く教えてくれないと色々準備できないじゃない! たかちゃん(息子のことだ)にごちそうも作ってあげなくちゃ行けないし!』
 おいおい、まだ7月の初めだぞ? まだ離乳食も卒業できてない子供に、一ヶ月以上もかけてどんなごちそうを作ろうって言うんだ。これだから、バババカは困る。節約しなきゃと親父に発泡酒与えるんだったら、週に一回でもいいからいいビール買ってやれよ。そんな事いうんだったら。今度実家いった時に鉄拳を喰らう羽目になるから、無論思った事は口には出さないが。
 その後も、あんたもっとマメに連絡よこしなさい、たかちゃんの声も聞かせなさいとかぶーぶー文句を言ってくるお袋に適当な返事を返して、半ば強制的に電話を切り上げた。

 再びワゴンの蚊取り線香が目に映る。
 婆ちゃんは一昨年の末頃、もう少しで息子が産まれようという時にこの世の人ではなくなった。ひ孫の誕生を楽しみにしてくれていたんだよ、と知ったのは葬式の時だった。それからまもなく息子が誕生し、慌ただしい日々が始まって、四十九日の日時以外実家には行っていなかった。お袋が何回か来てくれたが、こちらから実家にいくのは実に久しぶりの事なのだ。
 婆ちゃんの事をちょっと思い出す。今まで会いにいけてなくてごめん。ひ孫の顔みせにもうすぐそっちに行くから。
 たまには昔に返ってみるのもいいかもなあ、とワゴンの中の蚊取り線香の缶を手にし、いや、やっぱ駄目だ。と山の中に戻した。
 


 昔を懐かしみたいのは山々だけど、蚊取り線香がやんちゃ怪獣のおもちゃになるリスクは避けるに越した事はない。


 さて。みりん、みりん。
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Comments for this article...

拝読いたしましたv

都会の夏の一幕ですねv
主人公さんの御実家も、田舎ではないのですね!
片田舎に住まいしておりますと、思わず生活環境の違いに、へぇ~!と、感心してしまいました。
ドラッグストアで味醂――もしかして、昔ながらの本味醂ではないのかも?――を売っていたり、蚊取り線香が過去の追憶の代物であったり……。
御祖母様の迎え火には、蚊取り線香を焚いて上げるのも、いいかもしれませんね>^_^</

「蚊取り線香の思い出」拝読しました。

はじめまして。森崎緩と申します。
「蚊取り線香の思い出」拝読しました。

個人的な好みで恐縮なのですが、作中でふと誰かの人生を垣間見るというくだりがとてもツボで、この作品でも大人になった主人公の懐かしい思い出がとても心に染みました。
作品の中では奥さんもお子さんもいる大人の方ですけど、この人にも当たり前のように幼い頃があり、誰かの子供でも、孫でもあるんだなあという実感がぐっと来ます。
育児で大変な奥さんとすっかり孫ちゃんラブなお母さんとの密かなシンクロもいいですよね。振り回されてる旦那さん、可愛い。
でも実際、理想の旦那さんですよね。帰るコールしてくれて仕事帰りにお使いもしてくれて。

私は火をつけるタイプの蚊取り線香は使ったことがない現代っ子ですけど、それを当たり前に使っていた世代と、もう使わなくなってしまった世代のふれあいがいいなと思いました。
おばあさんもきっと素敵な人だったんだろうなあ。

拝読しました。

主人公と奥さま、そして実の母親との電話のやりとりに思わず微笑んでしまいました。
私も一児を抱える身として、一歳の怪獣とか、ジジバババカとか、あまりにも共感する所が多くて……何度も頷いてしまいましたよ。
主人公にとっては蚊取り線香=お婆ちゃんで、きっと素敵な思い出がいっぱいあったんだろうなぁ、と想像が膨らみます。
話は脱線しますが、最近の蚊取り線香は薔薇の香りとかあるみたいですね。古き良きものも時代とともに変化するんだなぁ、としみじみ思ってしまいました。
素敵なお話をありがとうございます。

拝読いたしました。

そういえば結婚前は蚊取り線香をつけて寝てました。大昔の話です。子供が小さい時は電気蚊取りですね。小さい子がいるうちは火のついたものは危ないので。昔は蚊取り線香で火事もあったそうです。今は住んでいる環境からか蚊もあまり出なくなって、今夏に至っては出番はありませんでした。
等、読み手に自分の場合を思い返させるお話でした。
ところで7月初旬はまだ梅雨の最中ですが、この頃からゲリラ豪雨は降ってたかなと思った次第です。

拝読致しました!

 蚊取り線香をきっかけにした、都会と田舎、今と昔の夏の対比に、自分自身の思い出も懐かしく蘇ってきました。「たまには昔に返る」のも良いものですね。

 それにしても、蚊取り線香以上に冒頭から最後の一行まで作中で連呼されまくる「みりん」の所為で、読後の印象も「みりんの話」になってしまいました(笑)
 文句の一つも言わず、しっかりメーカーまで確認して買い物してくれようとする主人公さん、良い旦那様ですねぇ。

拝読いたしました。

月島瑠奈さん、こんばんは。

主人公の旦那さんの優しさがじんわりと伝わってくるお話だなぁと思いました。
反論をしようとするものの、出来ずに会話が終わってしまう辺りやみりんを買い求めて歩く様子、蚊取り線香を使うことで小さな怪獣のおもちゃにされてしまうかもと考えたりする辺りが良かったです。

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