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逃げ水様 by ぷよ夫

作:ぷよ夫
分量:30枚  使用お題:茄子のぬか漬け、逃げ水を追いかける、お盆、麦茶


I 【不思議な水】
 首都圏の縁からちょっと離れたところにある、絶賛過疎化進行中の農村の、そのまた奥地に掘っ立て小屋、もとい某水質研究所の第七支部が建っていた。略して七水研。
 ほぼ自然のまま流れる清流がすぐ脇に流れており、主な役割といえばその清流の水質管理や、周囲の山に対する土砂崩れなどの監視だ。雨の多い磁気でもなければ暇なことが多い。
 建屋と砂利引きの駐車場までは、細いが綺麗な舗装路が残っている。元々広くて立派な道路が通ってた形跡があるが、今は必要なだけ再整備されていた。
 ここから先は道の状態が悪く、徒歩か特殊な乗り物でないと厳しい。

 お盆休み前の、とある夏の日のことである。
 七水研の事務室権研究室で、ちょっとした騒動が起きていた。
 いつもどおり水質調査のためにポリタンクに入れて水源から汲んで来た水を、検査のため抜き取ろう蓋を開けたところ、ぼしゃっという音ともに一部が飛び出してしまった。
 床にちょっとした水溜りが出来る。
「山城ぉ、なにやってんだよ」
 見ていた所長の霧島が、新人の山城に半分笑いながら注意した。
「さーせん、所長。あれぇ、普通に開けただけなんだけどな」
「たまにそういうこともあるさ。はい、雑巾」
「あ、どうも、望月さん」
 七水研の紅一点、四捨五入して一応二十歳に留まる望月が、雑巾を持ってきた。
「さっさと片付けます、ってあれ?」
 山城がこぼれた水を雑巾でふこうとした、いや確実にふいたつもりだったのだが、なぜか雑巾は全くぬれていなかった。
 かわりに、こぼれた水の位置が雑巾一つ分ずれている。
「なにこれ?」
 望月もふいてみる。
 同じことがおきた。ふこうと手を出すごとに、こぼれた水が移動する。
「そんなに雑巾が嫌いなのか」
 さっと手を出すとやっぱり動かれた、いや逃げられた。
「アホかっ。そ、れっ!」
 望月が空いた左手でフェイントをかけつつ右手の雑巾を叩きつける。が、両方よけられた。
「いわゆる逃げ水、ってやつかね」
 霧島がのっそりよってくる。
「所長、日本語が変っすよ」
「ばーか、ばーか、逃げ水のばーか」
 山城を無視して霧島が水溜りに罵声を浴びせる。
「ナニやってますか? まるでアホですわ」
「いや、アホはこの水だ。罵声に反応しないとなると、特に知能はない」
 霧島が妙に冷静に言いつつ、ドライヤーを水溜りに突きつけた。
 ささっと、水溜りがスライム状に盛り上がって、すすっと部屋の隅っこに移動した。
「なんだ、賢そうじゃないですか」
「いや、アホだよ。コンセント入ってないんだが」
 ぷらぷらとドライヤーのプラグを霧島が山城たちに見せる。
「望月君、とりあえず物置からタライを持って来てくれんか? あと、フラスコも」
「それなら僕が持ってきます」

 かくして、部屋の一角に大きなタライと、その真ん中に大きなフラスコが置かれた。
 そして、霧島たち三人で、雑巾を持ってこの奇妙な水溜りを取り囲んだ。
 静まる一呼吸。
「せーの、いちに、いちに!」
 霧島の掛け声とともに、同時に床を雑巾でこすりはじめた。
 水溜りは雑巾に触れないように、右へ左へと避けていく。だが、徐々に追込むように範囲を狭められ、致し方ないとばかりにタライの中に入り込んだ。
 だが器用にもフラスコを避けてドーナツ状になっている。
「あのフラスコに入る量ですが、どうやって突っ込むんすかね」
「まあ、見てろ」
 霧島はタライの回りに新聞紙を敷き詰め、最後の一枚を広げて手に持った。
「いーちにーの、さん!」
 ばさり。
 逃げ場を失い、新聞紙に吸われるかと思いきや――霧島の策略どおりに、ずるっとよじ登ってフラスコに飛び込んでしまった。
 すかさず霧島が、覆いかぶさった新聞紙を、フラスコにぎゅぎゅっと詰め込んで栓にした。
「はい、確保!」
 謎の水溜りは、こうしてフラスコ水になったが、一つ普通の水と明らかに違うところがあった。
 フラスコ内の中空に、球体になって浮いていたのだ。

「所長、確保はしましたが、どうします?」
 山城がフラスコをつつきながら言った。浮いてるくせに、中の水がプルプル震える。
「さしあたり、凍らせてみっか。望月、冷凍庫にしまっといてくれ」
 霧島が余った新聞紙をむしりとり、残ったぶんを押し込むと、上からキッチリとゴム栓して望月に渡した。
「はーい」
 ――数分後。
 望月が、凍ったアユやヤマメ、イワナなどをタライに積み上げて戻ってきた。
「誰ですか、勝手に私物を入れたのは。フラスコを仕舞うのに苦労しましたよ:
「あ、全部俺だわ」
 望月のクレームに、霧島が少し顔を引きつらせて答えた。
「もう、釣ってくるのは良いですけど、ここで冷凍しないでください!」
「すまん、すまん」
「それじゃ所長、アレが凍るまでみんなで焼いて食いましょう!」
 旨そうな川魚を山城が塩焼きにしようと企む。
 だが「だめだ」と霧島が却下した。
「良いじゃないっすか、忘れてたんすよね?」
「ああ、忘れてたとも。それ、全部一昨年から入れっぱなしだ。もう食えんよ」
「なーんだ。じゃ、その辺に僕が埋めてきます」
「嗅ぎ付けて、クマでも出たら困るではないかぁ」
 がおっ、とばかりに望月がクマのまねをする。
「この時期にでませんって」
 と、山城はスコップを取りに物置に向かった。

 無駄になった魚を土に返すのに約一時間。
 戻ってきて、そろそろ凍ったかなと、山城は冷凍庫からフラスコを取り出した。
「はぁ」
 ため息とともに、本日何度目かの奇妙な光景を目にする。
 フラスコの中身は、気泡が入ったゼリーのように内部に空洞を作り、表面だけ薄く凍結していた。ちょうど空洞の分だけ膨らんだように見える。
 周りからつついてみると、内部の空洞がプルプルと震えた。
「真空断熱、かな」
 望月がさっきより少し内側に移動した新聞紙の詰め物を指して言った。
「気化熱で表面だけ凍った他は、液体のまんま、ってことか。よくまあ、被害を最小限に留めたもんだね。なかなか高度な知性を持っているようだ」
 と、霧島が苦笑しながらフラスコの中身に見入った。
「さっきと、言ってることが違うじゃないっすか:
「知性があるのとアホなのは違う」
「そういう問題かなぁ。じゃあ、これ試してみない?」
 望月が、小さなフラスコを持ってきて、蓋をはずすと同時に、フラスコの口どおしをくっつけた。
 そのまま、バシャバシャとシェイク――すると、うまいこと一部が小さなフラスコに移った。
「それ、赤外線レーザー分光器に入るか?」
 霧島は、最近本部からふんだくるように仕入れてきた、最新式の赤外線分光器をさして言った。赤外線の吸収スペクトルから成分を分析する装置の、最新機種だった。
「入ると思いますけど、うまくいくかなあ」
 望月は、うまく出ても結果は「ただの水」じゃないかと半信半疑のまま、装置の蓋を開けて中の水玉がレーザーに当たる位置にフラスコをセットした。
「測定開始」
 蓋を閉め、開始スイッチを押す。
「そんなのありか」
 直後、中をのぞいていた山城が素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたのよ、って、えー!?」
「馬鹿馬鹿しいくらいに予想通りの動きをしやがったな」
 霧島、望月とも驚き、あきれた。
 丁度レーザーをよけるように、ドーナツ状になっていたのだ。
「今日はこの辺でおしまいにしていいっすかね」
「ああ。いつもの水質検査をやらないと、本部にどやされる」
 霧島はあきらめ半分にこの日の実験をとりやめた。

II 【逃げ水様】
 夕方、仕事を終えた霧島たち三人は、里の村の数少ない飲食店である、小さな蕎麦屋に晩飯を食いに出た。
「あいよ、ビールとおコウコ先に置いとくよ」
 店のオカミサンが瓶ビールと、おつまみ代わりに茄子のぬか漬けを先に出した。おコウコとは、この辺りの言葉で御新香のことだ。
「しかし、水って普通はこうだよな」
 飲めない山城がコップの麦茶を見ながら言った。飲めないついでに運転担当。
「だね。逃げ水って言ったら、普通はあれだわ」
 丁度店のテレビで夏らしい場面が映されていた。からっと熱そうな道路に、逃げていく影。
「まったく、おかげで俺まで残業だ」
 霧島がぼやきつつ、コップにビールを注いだ。
「じゃ、今日はご苦労さん」
 かつん。麦茶と麦酒でとりあえず乾杯だ。
 疲れている成果、山城にはただの麦茶が妙に旨く感じた。
 いや、旨いのはそれだけではなかった。
「お、この茄子!」
 山城が爪楊枝で一切れぷすり。ただの茄子のはずなのに、驚くほど旨かった。
 残る二人も口にして、味の良さに思わず笑みが浮かんだ。
「この茄子が、ぅんめえの分かったけ?」
 オカミサンがうれしそうにもう一皿、茄子のぬか漬けをもってきた。
「ええと、普通の茄子っすよね?」
「んだ。ここらの畑で取れた、普通の茄子だ。アタシが毎年こしらえてる、毎年おンなしおコウコだ」
「毎年、この味なんですか……」
 山城が茄子を眺めながら言った。
「そらま、一本ごとにちこっとは違うけンど、おんなじだぁよ」
「そうそう、毎年美味しい茄子だよな」
 オカミサンの言葉に、霧島が相槌をうつ。
「ああ、山城君は今年赴任してきたばかりだったわね」
 と、言いながら、望月は茄子をもう一切れ口に放り込んだ。
「家ごとにキャラが違うけど、この辺りじゃどこでも漬物のクォリティは高いわ。その代わり、スーパーに市販の漬物を置いても全然売れないのよ」
「分かる気がします」
 山城は、スーパーやコンビにで売っているものは、好みや良し悪し以前に“別物”だと思った。そして、都会育ちの彼は、そんな市販の漬物しか食べたことが無かった。
 そして「あの水も、別物か」と、呟く。
「どうした、山城」
「あの水のことっすよ。水は水でも別物と思ったんで」
「どう考えても別物だろうな」
「おっ、さすがでねえか。水の仕事してるだけあんなぁ。ほれ、ザル蕎麦みっつ」
 ちょうどそこに、店の主人が蕎麦を茹で上げて持ってきた。
「ここらは水がええからな、茄子も蕎麦も旨ぇだよ。米もええからよ、ぬが漬けのぬがもええ」
 この辺りの水は名水だ。だからこそ七水研が設置されている。
 山城はいまさらのように気がついたが、このあたりで食べるものは何でも旨い。水が旨いから何でも旨い。
 だが、これと例の水とは別件た。
「ところでご主人、この辺りで“変わった水”の話とかご存知ないでしょうか」
 ここぞとばかりに、ぱちんと割り箸を二分割しながら霧島が尋ねた。
「酒の肴になりそうな面白いのを、ね」と、望月。
「変わった水け……カァちゃん、何かあっかな」
「な~んだっけかな、婆さんから聞いた気がするんだけどよ」
 オカミサンが蕎麦湯を要しながら首をかしげた。
「ほだったら、ぬんげむずさまのハナスがあっと」
 店の一角から強烈に訛った爺様の声がした。先に来て天ぷら蕎麦をすすっていたお客だった。
「ぬ、ぬんげむずさま?」
 山城は、爺様の言葉を何とかまねしてみた。書き出してみる「ぬんげむずさま」になりそうだが、実際の音はかなりかけ離れている、
「ははっ、“にげみず様”だぁよ。他所の人にはわかんねえべな」
 オカミサンが笑いながら言った。
「逃げ水!?」
 そこに三人が同時に聞き返す。
「んだ、そこらの逃げ水と違うど。おっかけてくと、逃げるんだわ」
 と、爺様。
「もしかして、雑巾でふこうとすると、さっと避けるとか?」
 望月が恐る恐る訊いてみた。
「んだ、よぐ知ってんなゃ。見たんけ?」と爺様。
 霧島は持ってきていた小さいほうのフラスコを出して見せた。
「ほら、このとおり」
「あんれま!」
 客の爺様と蕎麦屋の二人がこれでもかとばかりに目を丸くして驚いた。
「逃げ水様、つかめーちまっただか!?」訛りを抑え気味に爺様が驚く。
「捕まえたといいますか」
 山城がフラスコをつつきながら今までの経緯を説明した。つつくことに、逃げ水様とやらがぷるぷる震える。
「なんだかよ、それさ聞いてると、逃げ水様のほうから人間に会いに来たみてえだな」
 蕎麦屋の主人もフラスコをつついてみた。
「だどすっとよ、山でなんだかさ、あったんでねえがな?」
「んー……特に」
 爺様に聞かれ、水を汲みに言った本人の山城が答えた。
「逃げ水様はあ、何かあると逃げてくるんだどよ。そんでな……」
 爺様が言うには、水源や近くの山に何かがあると、逃げ水様が現れて教えてくれるということらしい。昔――爺様の、そのまた爺様が子供の頃は、水源近くにあるホコラまで村中みんなで上り、毎年この時期になると、逃げ水様がどこかに逃げてしまわないように、お祭りを開いていたらしい。
 今では誰も近づかなくなってしまったが。
「一応、明日水源の辺りを調べてみるか。二人とも、動ける服装で来てくれ」
 霧島が二人に指示する。水源により近づくには山道を徒歩で行かねばならない。
「ホコラは、湧き水に近くだつぅかっらよ、見つけたら拝んでこいな」
 爺様が山のほうをさす。その返す手でテーブルをさした。
「でな、蕎麦伸びっちまぁど」

III 【水源の先】
 翌日、蕎麦屋に行った三人組は、キャンプに行くような姿で七水研に現れ、先に伸びた「舗装道路の跡地」になってしまった山道を登り始めた。
 ちょっとした計測をするための商売道具と、逃げ水様の欠片を入れたフラスコなどを、リュックサックに小分けして、三人で背負っている。
「所長は、この先行ったことあるんすか?」
「何度か行ったが、一時間も行かずに戻ってきた。一応歩ける山道が延々続いていて、杉が多目の雑木林に囲まれてるだけだからな。ま、季節ごとの花や、紅葉とかを見に行っただけだよ」
 喋りながら、三人はざくざくと音を立てて上っていた。
 足元は半ば風化した舗装路で、その上に落ち葉や木の根っこなどが散在しており、何処まで道路で山の一部なのか入り混じってよく分からない。
「この道って、何だったんでしょうね。検索しても、七水研の前に通じてることしかわからないっす」
 ただ、これがかつて広くて立派な道路として整備されていたらしいことは確かだ。
 だとすると、七水研は、この道路のほんの途中にしか過ぎない。
「お祭りのために作った道だったのかな」
 そんなことを考えながら山城は山道を登り続けた。
「ところで、所長はホコラの場所が分かるのですか」
 ふと、望月が訊いた。
「湧き水までは何度か行きましたが、何も無かったようでしたので」
「実は、俺もホコラなんて見たことがない。水源の湧き水までは何度も行ってるが、回りを探検するってことは無かったんでね」
 そして、七水研から二十分ばかり歩いたところに分かれ道があり、細いほうの先に水源の湧き水があった。
 七水研で道と湧き水の周りを草刈など手入れをしているが、周囲は基本的に雑木林であり、下草がぼさぼさと生えている。
「いつもどおりっすね」
 洞穴と泉とアイノコみたいな傾斜の穴から、澄んで冷たい水が、とめどなく湧き出していた。
 その水は川になって、七水研の横を通って里へ流れていく。
「手分けして探すとしよう。各自携帯端末の衛星監視と、統合センサーをつけておくように」
 霧島は指示すると、リュックから手のひらサイズの携帯端末と、首から下げるタイプの拳骨のような統合センサーを取り出し、両者を繋いだ。
 そして、アテもなく適当に山を歩き始めた。
「じゃ、僕も」
「気をつけてね」
 残る二人も、わかれて歩き始めた。
「なあ、逃げ水様よ。ホコラはどっちなんだ?」
 山城はふと持ち歩いていたフラスコを取り出し、なんとなしに話しかけてみた。
 もちろん返事はない。
「あはは……喋るわけないか。――ん?」
 いつもフラスコの真ん中に浮いていた水が、かなり隅っこに偏っていた。
「そっちへ行けってことかな。いや、逃げ水様っていうくらいだから」
 山城が中の水が寄っているのと逆方向を調べると、概ね、山の反対側だった。
「ちょっと、遠いな」
 ざっと携帯端末で地図を確認する。このまま反対側まで歩いたら、一時間以上かかりそうだった。
 このまま逸れてしまうのも困るから、一度集合しようと霧島にメッセージを飛ばす。
“了解、そこで待て”
 すぐに返信があり、ほどなくして藪の中から望月とともに霧島が現れた。
「ふむ。その辺りなら、一度道に出てからのほうが行きやすそうだ。あんな道でも、雑木林を突き進むよりはましだからな」
 携帯端末の地図を見て、霧島は一度道に戻るべきと判断した。歩いたことがあればこその判断だ。

 端末の画面、コンパス、それとフラスコの水を頼りに、進むほどに壊れ方の激しくなる道を行くこと一時間近く。雑木林をらぐいと見上げたところになにやら人工物があるのが見えた。
「あれがホコラかな」
 フラスコの水は、丁度逆側によっている。よほど行きたくないのか、フラスコの壁にレンズのようになって張り付いていた。
「ごめんなさい、逃げ水様」
 山城はフラスコの水に祈るように言うと、雑木林の斜面を登り始めた。
 直後、「山城君、ストップ!」と、後ろから望月が声をかけた。
「どうしました?」
「警告出てるわよ。端末の画面見て」
 山城が「警告?」と携帯端末を手にして見ると、大きな三角の真ん中に「!」が表示されていた。
 なんだろう、と「!」をタップすると、画面に“放射線注意”という文字が現れた。
 値を見る限りさして危険な状況ではないが、自然のものとしては異様に高い状態だった。
「所長! やばいっすか?」
「端末の積算計を起動しろ。黄色になるまでに引き返せ!」
「わかりました~!」
 大きく声を上げると、山城はそのままずかずか上っていってしまった。
「さ、俺たちも行くぞ」
「行くぞって、放射線が検出されてるんですよ!」
「三日居てもロケットで軌道基地へ行くのの半分も浴びない量だ。心配無用」
「えー、待ってよ!」
 残る二人も山城を追いかける。
 そして十五メートルばかり上ったところで、立ち尽くす山城に追いついた。
「ホコラ、っすね」
「ああ、ホコラだ」
「いや、違うでわよ」
 水源側からは見えないこの場所の山肌が半分えぐられており、分厚い金属の扉で閉ざされた大きなトンネルの入り口がそこにあった。
 トンネルは恐ろしく古そうで、扉もあちこちが錆び付いている。
 携帯端末をかざしてみると、その扉の一部が劣化して穴が開き、強目の放射線を出しているのが分かった。
「とりあえず、拝んで、写真とって帰るか」
 立ち尽くす山城の肩を霧島がぽんとたたく。
「あ、はい」
「帰りに、湧き水の放射線計っていく?」
「……いつもの水質検査に、放射線も入ってますよ。昨日も異常なしです」
「今のところ影響無しだな。さて、拝もう」
 三人は、目の前のトンネルを「ホコラ」ということにして手を合わせると、その場を立ち去った。
 そのとき、あれほど寄っていたフラスコの水が真ん中に戻っていたことには、誰も気がつかなかった。

【伝承】
 その日は七水研に戻ってすぐに浴びた放射線量と、残留放射性物質についてチェックしたが、自然の放射線を精々二週間分程度まとめて浴びた程度だった。
「モノがモノだけに、俺のほうから報告書を本部に出しておく。出し終わったら、また蕎麦食いにいこうか」
「また僕が運転っすか?」
 蕎麦屋に行く、イコール飲みに行く、である。

 夕方、蕎麦屋に着くと、昨日の爺様が来ていた。
「いんや、今日も来ると思っただよ」
 爺様がイラッシャイマセよりも先に声をかけてくる。
 戸惑い気味に「あ、どうも」と霧島が返す。
「山のホコラさ行くってことだでな、役場さ行って調べただぁよ」
 爺様は、途中まで食ったトロロ蕎麦を脇に寄せて、少々大きな携帯端末をテーブルに平置きした。
「じっちゃん、注文とってからにしておくれ」
 オカミサンが現れ、隣のテーブルに麦茶を置いていく。
「ザル蕎麦三つ」
 すかさず霧島が答え、「一つ大盛り」と山城が付け加えた。
「んじゃあ、茹で上がるまでに、ちぃと話を聞いてけれ」
 端末のスイッチが入れられ、トントンと何箇所かタップすると、七水研のある山の立体映像が、平置きした端末を土台にして浮かび上がった。
「ココが湧き水、コレが道。ここいらが、七水研」
 割り箸を使って、爺様が場所を指し示していく。
「ほんでもって、ここらがホコラ」
 ぐるっと山の映像を回転させて、さっきトンネルがあった辺りを指した。
「ここが何だったか、つぅとな」
 と言ったところで、その割り箸で爺様が蕎麦をすすって一息。
「何だったんすかね」
「今は違うがな、昔は核分裂で電気を作っててな、それがまたこっぴどく事故ったんだとよ。そンときの危ねえゴミを、人がイネエこの山ん中さトンネル掘って埋めたんだと」
「うわぁ……ありえないわ」
「んだな。それから暫くして、ゴミをきちっと片付けるやり方が出来たんでな、山から掘り出して片付けなおしてよぉ、掘ったり埋めたりした時の穴っこが、ホコラなんだと」
 もう一度端末をタップすると、第一次、第二次と放射性廃棄物の処理工程の資料が映し出された。
 一度は最終処分場として廃棄が始まったが、途中でより良い処理方法が開発され、再び取り出されてそちらに持って行ったらしい。
「んだども、どうしても少しばっかり残りカスがあってな。それが出てきてないか毎年持ち回りで見に行ってたのが、いつの間にかお祭りになって、ほんでもっていつの間にか廃れちまったわけだ」
「なるほど。そういうことでしたか」と、霧島。
「地上で核分裂発電なんかしてた時代があったのね。今だって、タダで放射能除去処理出来るわけじゃないのに」
「除去方法の確立前に核分裂使ってたこと自体驚き……って、事故って、あの、日本史で習った――」
 山城が最後まで言い切る前に、「おまちどうさん」と茹で上がったザル蕎麦がテーブルに届けられた。
「さあ、食うぞ。オカミサン、ビールもよろしく」
 霧島が割り箸をぱちんと割って蕎麦を食い始めた。
「あ、僕もいただきます!」
 
 ほろ酔い二人、腹いっぱい一人。「ごちそうさん」と蕎麦屋から出た。 
「おっと、いつのまにかメッセージだ」
 霧島が手にした携帯端末に、“第三軌道基地より、降下船で処理班を向かわせた”という本部からのメッセージが届いていた。
 星空を見上げ「あれっすかね」と、山城が天を指差す。
 一筋の光が、七水研のある山に下りてきた。
「今時の処理班が行けば核分裂の残りカス程度、すぐに片付くだろう。これで旨い蕎麦も安泰だ」
「茄子もっすね」
「ぬか漬け、そんなに気に入ったの?」
 
 人知れず、フラスコの中身はただの水になっていた。
 謎の「逃げ水様」の伝承と、本物のホコラを一つずつ追加して。
 翌年からは祭りも復活し、伝承の中で七水研は永く語られることになる。 
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拝読致しましたv

「むかしむかしあるとこに」ですね!♪
成程、こう来ました!的に、とても楽しく読ませて頂きました。
特に、逃げ水様の捕まえ方が、いいですねぇ!
そして、所長さんの逃げ水様に対する評価の可笑しいことww♪――好きですv

ですが、結局、逃げ水様って何なのですか?
分からないところが、夏の楽しいホラー話なのでしょうかねぇ?

「逃げ水様」拝読しました。

はじめまして。森崎緩と申します。
「逃げ水様」拝読しました。

すっかり現代ものだとばかり思っていたので、ラストで大変びっくりしました…!
と同時に
>「地上で核分裂発電なんかしてた時代があったのね。今だって、タダで放射能除去処理出来るわけじゃないのに」
この辺りの台詞にちょっと、ぐさっと来ました…。
霧島所長をはじめとする面々が、今を生きる私達の子孫であるかもしれないわけで、そういう方々に負の遺産を残していくのだとしたら申し訳ないです。いいものだけ残していけたらいいのになあ、と思ってしまいます。

でもこの作品の世界では、いいものもいっぱい残っているみたいでほっとしました。
この時代でも美味しいぬか漬けやざる蕎麦があって、お酒が飲めるお蕎麦屋さんもあるって夢のある話ですね。美味しそうな描写が軽妙な文章で書かれていて、読んでいてお腹が空いてきます。
あとクマ、まだ出るんですね。それはいいこと…なのかな?
全編通じて霧島所長のおじさん的可愛さが引き立っていました。逃げ水様を罵ったり、釣ってきた魚を二年も放っておいたり、なんか言動が可愛いです。

拝読しました。

逃げ水様、最初私の中ではスライム状のぷるんとした形を想像してしまいました。前半の追いかけっこがとても面白かったです。
あの祠がまさかの原発の跡地だったとは。そこから時代背景がワープして一気に現実味を帯びたというか、うおおやられたー、な気分でした^^
ここに出てくる人達はどれも魅力的ですね。特に蕎麦屋に出てくるお爺ちゃんが最高です。
会話の端々に出てくる訛りに心がほっこり。ウチの田舎でも漬物をおコウコって言っているので思わず顔がにやけちゃいました。
素敵なお話をありがとうございます。

拝読いたしました。

逃げ水様がホントに逃げたのが面白かった以上に、七水研の面々のとぼけた冷静さに驚きました。分析結果云々より先にただの水でないのに、この落ち着き具合。普通の水と名水の違いよりも、世界の根底が覆る違いなのに!
祭りの起源はそれなり納得ながら、やはり逃げ水様の存在を皆がすんなり受け入れている不思議さ。それでも背後の世界設定がわかると、異星人的な存在かもと思わされました。
それにしても放射性廃棄物の安全な処理方法が、本当に早く見つかればいいなとしみじみ思います。

人の暮らしはそうそう変わらないのかも

ぷよぷよした逃げ水さまの愛らしさが印象的でした。
また、現代っぽくありながら実は…という驚き。ホコラの正体に、だからこその、水質研なのかと納得しました。
どんなに技術が進化していこうとも、昔の漫画やSFみたいに、食事が宇宙食みたいになることはないのかもしれないと、私も思います。
以外と人の暮らしは変わらず、人類が月に行こうとも、深海に暮らすことが可能になろうとも、地面に足をつけて米や茄子を作り、蕎麦を打っているものかもしれません。
というか、そういうものだといいなと思いながら。茄子のぬか漬け食べたいです。

拝読致しました!

 「逃げ水」=「本当に水が逃げる」という発想にまず膝を打ち、逃げ水様を捕まえるための作戦にわくわくし、研究所の面々のやり取りに笑わされ、そしてオチに驚かされ。まとめると、大変に面白かったです!
 特に前半、意思があるように逃げに逃げまくる逃げ水様VS惚けた所員さんたちの攻防が大好きでした。

 コメディの愉快さとSFの面白さ、そして最後には現代社会へのさりげない問題提起も組み込まれていて、ウウムと良い意味で唸らせていただきました。
 「世にも●妙な物語」で実写化して欲しい……。

読ませていただきました~

登場人物がかわいい!
結構びっくりする事態だらけなのに、ほのぼのとした雰囲気を失わないところがいいですねぇ。

ラストには、さすがぷよさん、と言いたくなる「日常のようで非日常」な空気があふれ出ていて、大満足でした。

面白かったです(ため息)

面白かったです。錯覚ではなく物理的に逃げちゃう逃げ水も、登場した人間たちの飄々とした性格も、現代のようにみせかけて未来だった時間軸も。
なのに読み終わってちょっとしみじみ、ため息がでたのは、この作品が「いろいろ何とかなった未来」だったからです。
原子力発電所の事故も「なんとか」なった過去形の過ちとなり、技術が滅びることも、人間の素朴な生活が駆逐されることもなく、自然は残り。そのうえでおとぎ話のように「逃げ水さま」が現れる。
どこか作者の視線に、世界とか科学とかへの優しさを感じました。

拝読しました。

ぷよ夫さん、こんにちは。
作品読ませて頂きました。

逃げ水様の逃げっぷり、そしてそれを捕獲、解析しようとする、七水研の面々のやりとりがとにかく楽しい!
特に霧島所長が最高にキュートです。「ばーか、ばーか、逃げ水のばーか」という、最初の方の子供のような悪態でつかまれました。
どちらかといえば閑職なのかなあ、という職場で、なんのかんのと言いつつ三人とも、やるこたやるさで真面目にお仕事されていますよね。
ほのぼの、のんびり、涼やかな水音が聞こえてきそうな清流があって、お蕎麦も茄子のおコウコも、ただの麦茶もじゅるりとなるほど美味しそう……。
そんな中で、まるで昔話のような、超自然的な出来事が起こってのまさかのSF!
どんでん返されると共に、色々と考えさせられるお話ですが、始終ほっこりされ通しでした。
時が流れても、食べ物も方言も伝承も自然も、古き良きものは残されている。
取り除かれてゆくのは、害となるものだけ……、本当にそうなればいいなと思いました。

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