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不幸せと幸せの海底 by えるれ

作:えるれ HP:末永く檸檬
分量:20枚  使用お題:溺死者、海底


さようなら、さようなら。

今日この海で、人が死ぬ。

幸せな死を迎える。





今日もこの海は光ることもなく淀むこともない。
ただ静かに、まだ存在する俺の上に横たわっている。

もう存在しない俺は、砂浜でそれを見つめている。



16年間の先を見てみろ、今が辛くてもその先に輝かしい未来があることがわからないのか。

俺が俯いているところを見た大人はこぞって未来の話をした。未来を無駄にしてはいけないという意見はわかる。そこには今とは比べ物にならないほどの可能性があると、様々な偉人が示してくれた。辛くない現在だって、未来では手に入れられるだろう。

でもそんなことはどうでもよかった。

俺は、今、辛かった。

今、生きていたくなかった。

大人たちの視線や言葉を日々浴びていれば嫌でもわかった。両親も教師も、こんな息子を、こんな生徒をもってしまったという責任から逃れるために未来の話をしているのであって、俺が今を生き延びるためにしてくれているわけではなかった。俺の今には何の興味もなく、今を生きる俺のことは疎ましく思っていることがありありとわかるため息を何度も聞いた。
だから俺も、伝えるのを諦めた。

俺は、別の世界に飛び出すことはなく用意された現実の中で這い回り逃げ回るような人間だとされていた。臆病者で、学生という甘い身分にいながら辛い辛いとのたまう、打たれ弱い人間だと。

実際には俺は、誰かに辛いと、生きていたくないと漏らしたことはなかった。辛いと思ってしまえば負けだと思えたし、辛いと漏らしてしまえばいよいよ生きている価値がなくなる気がした。

そうは思っていても段々と、深く深く俯くことしか出来なくなっていた。前を見られない。人を見られない。あいつらと目が合えば殴られる。目が合えば笑われる。目が合えば。目が合った、と言われれば。
下を向くことは俺の生き延びる術だった。それを見て大人たちはため息をつき、あいつらに対しては何も言わないのだった。

あいつらはそんな俺をキモい暗いと笑い、罵倒してきた。大人たちは俯き歩くことで大人の目を引き存在を誇示するのは止めろという目で見てきた。下を向くことで更に俺の立場は悪くなったわけだが、それでも下を向いていればあいつらの笑いも大人の目も見ずに済んだので下を向き続けた。

俺の下には誰もいない。

上にいける未来があるのかもしれない。
でも俺は底辺でいる今が辛かった。
でも底辺だからこそ、下には誰も、何もなかった。

結局逃げているようにとられる行動をしていた俺は、本当に臆病者で甘ったれた人間だったのかもしれないが、今となってはどうでもいい。

地上ではない下を見たことがある。

生物の授業で町はずれの海に行った時、あいつらの中でも俺に物理的危害を与えることを好むやつらが俺の頭を掴み、海に沈めた。
その時俺は意図せずとも下しか見えなくなった。
浅瀬だったから海の底はそんなに遠くなかったが、綺麗な海でもなかったこと、塩水が目に染みて視界が揺らいでいたことで下がどこまで続いているのかわからなかった。

俺の唯一の居場所の下が見えない。
それは恐しいことだった。

その時の俺にとっては、海に沈められたことより、下を奪われたことが被害だった。

でもふと思った。見えない下があるということは、俺の居場所も、見えないくらい続いているということだ。

俺は一瞬前の恐しさを忘れ、新たな居場所を見つけたという希望にも似たものを抱いた。

被害、という言葉を使えば、大人たちは被っているという意識が悪いのだ、立ち向かえ、と言っただろう。たとえ教師がその現場を目撃していたとしても、俺も悪いと言われるような対応しかとられなかったに違いない。
俺の通っていた高校は、数年前にいじめで事件を起こしてから、怪しき芽は摘んでおけという姿勢を貫いている。運の悪いことに俺の父親と母親の職業も教師で、更に運の悪いことに俺の高校の人間のクズみたいな考えに賛成する人間だった。
その考えを持つ大人たちを人間のクズだと吐き捨てて無視してしまえばよかったものの、そうするには俺には力が足りなかった。いくら世界を変えたいと思ったって、悲しいかな未成年の世界は大人で構成されている。その世界をぶち破って外に出るには、俺には経済力も気力も無かった。
それに、世界をぶち破る準備をするためには準備をする今を生きることが必要だ。その今が俺には耐えられなかった。成人したら世界を自分で作っていくことが出来る、そういう未来に希望を持つことも、俺には出来なかった。


ぶち破ったら一人で生きなければいけなくなる。結局死ぬ。

立ち向かったら潰される。結局死ぬ。

全員殺したら刑に処されることになる。結局死ぬ。

今のまま生きる。つまり死に続ける。

俺には選択肢なんて残っていなかった。




俺は、俺が唯一見つめていられる下で、暮らすことにした。




その俺の居場所を有する海が、俺が沈められた町外れの海、つまりここだ。

下に行くのは怖くなかった。

上を向けない俺には下しかなかったから。

寧ろ、あいつらの知らない下という居場所を手に入れられたことを誇りに思っている。

俺が一番恐れていたのは、発見されて、居場所から引き剥がされることだった。






誰も助けてくれなかった。
助けてくれと言ったわけではないから、助けてくれなかったというのはわがままだったのかもしれない。でも誰も、俺に生きていていいよという目を向けてくれはしなかった。
好きで自分たちに蔑まれて下を向いているゴミめ、現実から目を背け好きで下を向いている弱い人間め、そんな目だけだった。


だから、俺にとって下は居場所だった。
でも、あいつらも大人たちも、好きで俺が下を向いていると思っていたのか。
確かに、俺にとって下は居場所だった。
でも。


好きという感情を持っていたわけがないだろう。
俺だって上を向いていたかった。

でも俺には下しかなかった。

上を向けなかった俺は、下で安寧を得る。






だから地面よりもっと向こうにある、海底を俺の居場所に選んだ。







そうして俺が海を居場所に選んでから1年経つ。

1年経っても、俺は発見されずにいる。
1年前よりずっとのんびりと暮らしている。

でも暮らしている意識があるということは、思い残していることがあるのだということが段々わかってきた。

だから俺はたまに、俺が生きていた世界のことを考えていた。そして1年経った今日、その考えがまとまったから、俺はザブリという音もたてずに海から出てきた。やはり俺は俺が生きていた世界への思いがあるから成仏とやらが出来ないのだろうなと思ったのだ。



もう存在しない俺は海を見ている。
心なしか、かつて沈む時に見た海よりくっきり見える気がする。視力が良くなったのだろうか。そもそも、視神経なんてあるのだろうか。



海を見ていると、あいつらの上位意識や幸せな生活、大人たちの蔑むような姿勢や変わってはいないだろう日常が浮かんできた。



俺は叫ぶことをしなかった。
叫ぶために今を生きることも辛かった。
生きたくても生きられないアフリカの子どものために、俺は命を残しておくべきだったのかもしれない。
でも俺の命が残ったってアフリカの子どもが助かるわけではないだろう。

海を見ながら浮かんでくるのは、命を残せなかった、残せるような世界を許されなかった1年前の自分の叫びだった。



何故俺が下を向かなければいけなかったのですか。

何故俺が標的にならなければいけなかったのですか。

何故俺は理由も無く殴られなければいけなかったんだ。

俺はあいつの足を踏んだ時に謝ったのに。足を踏んだ、ただそれだけだったのに。

俺は殴られた。踏みにじられた。存在をとりたてられた。存在をなかったことにされた。

沈められたことには感謝している。下の存在を知ることが出来たから。

ただ、息が出来なかった。苦しかった。痛かった。こいつらに立ち向かっても通じないと思わされた。俺には未来なんかなくなった。

何故俺に手を差し伸べてくれなかったのですか。

何故気づいてくれなかったのですか。

俺が自分で言わなければいけなかったのですか、辛い、助けて、と。

でも言葉に出せば自分が辛いことをすぐに言葉に出すような情けない奴として見られ、生きる価値もないと思われるのは目に見えていたんです。あんたたちの目を見ればわかります。

何故芽は摘まれなければいけなかったのですか。

それはいじめという芽ではなく、俺が必死に生きているという芽だったのに。

育つ環境さえあれば、あんたたちがいう未来には咲いたかもしれないのに。

母さん、父さん、夜に2人であいつは暗い、面倒だ、いじめられているみたいだ、教師の息子がいじめられているなんてバレたらどうなることか、と言っているのは聞こえていました。1年前の1週間前に聞きました。その時俺は、良い機会だなと思いました。家の中にも、居場所がなくなることを感じたのです。いじめられているとわかれば自分たちの身が危なくなる息子がこの家にいるというだけで存在を疎まれることが、前からわかっていたけど、決定的になってしまったからです。







今だから、叫べるだけ。

自分が可哀想と思っているわけではない。

蔑まれ、殴られ、笑われ、見て見ぬふりをされるのが1人。

蔑み、殴り、笑い、見て見ぬふりをするのが大勢。

1人さえいなくなれば、この事象は終わる。

だから1人が死んだ方が合理的だ。







でも何故。

何故苦しんだ1人の方が死ななければいけないのか。

下にいきたい、俺が唯一落ち着く下に行きたいとだけ思っていたあの時は、疑っていなかった。あいつらに死ねと思う前に、自分を沈めることで精一杯だった。

でも下で、骨になりながら、自分に、あいつらに、あんたたちについて考える余裕が出来てきてから、思うようになった。

何故俺が死ななければいけなかったのか。

本当は。

本当は俺は死にたくなかった。上を向いていたかった。あんたたちが言う未来ってものにも本当は興味があった。

でも生きていられなかった。上を向くことは出来なかった。ゆるされなかった。未来を考えるには今が辛すぎた。

お前らは、理由もわからないまま瞼が潰れるまで殴られたことはあるか。

お前らは、ネットに自分に関する根も葉もないことを書かれ、拡散され、顔も知らない人間から大量の誹謗中傷のコメントを書かれたことがあるか。

階段から落とされたことは。

階段から落とされた傷に対して、情けないという意味合いが多分に含まれたため息をつかれたことは。

そのまま家に帰ったら、察しているはずなのに、何も言われなかったことは。

俺は死んだ。

辛いから。

未来を見るため立っている今が辛いから。

何が悪いんですか。

でも、何故死ななければならなかったのですか。








だから俺はこの海で死んだ。

さようなら。さようなら。幸せではない死。

俺はこの海で死を迎えた。

一年前の今日に。






でも何故?

俺が死ななければいけなかったのだろう。

何故?

あいつらが生きているのだろう。

何故?

1人が死ねば片付くから。

1人が死ねばみんなの面目が保たれるから。

1人が死ねば平和が戻るから。






何故、その1人が死ななければいけない。






だから今日、この海は幸せな死を迎える。

冬は恋人たちが、寒いね、などと言いながら手をからめ合うこの海で。

夏は家族たちが、楽しい、と笑いながら水をかけあうこの海で。

綺麗でも汚くもないこの海で。







俺は海を見ている。そうしながら、あいつらを待っていたのだ。

あいつらの声が聞こえる。何も知らずにこの海に来たのだ。

俺が死んだ場所だとも知らずに。俺が呼んだことも知らずに。





味わえ。

俺や、俺のような人間が無理矢理向かされる、行かされる、下を。
そこでの苦しみを。好きではないが愛しい下での苦しみを。



そしてあいつらが死ねば、あいつらの親が苦しむだろう。
あいつらが死ねば、そしてあいつらの親が学校への言及を始めれば、学校が苦しむだろう。





そして俺はやっと、上に行くことが出来る。
あいつらが全員死んだ次の日、砂浜に横たわる白骨が見つかることになる。



俺の両親は息子の白骨死体を見て苦しむだろう。
俺が小さかった頃を脳裏に浮かべて、愛情を思い出すのが遅すぎたことに気が付くだろう。





俺の体はやっとあいつらより上に行ける。

あいつらと同じ所にいるのは耐えられない。

俺の心は海底よりずっと下の場所に行くだろう。

地獄と呼ばれている所かもしれない。

でも今となっては、どうでもいい。






ほら、あいつらが来た。海に行きたいと思い立って、6人全員で。
しかも、海水浴場として整備されている場所じゃなく、この場所に。


生きていた頃に幽霊と呼んでいたものになってから、あいつらの心に影響を与えることが出来るなんて。生きていた頃にあいつらの心を動かせたとも思えないけれど。この、子どもとか未成年が希望を持たないという現象が、大人は気に入らないのだろう。希望を持てなくしている原因に自分たちもいるということはわかっているのだろうか。




海は凪いでいる。しかし不穏な風が吹いている。

馬鹿騒ぎをしているあいつらは気づいていない。俺はあいつらが海に入るのを待つ。


俺は砂浜に立っている。
海底に沈んだ時と同じ、何の思い入れもない高校の制服を着ている。思い入れなんて私服にも制服にもなかったし、わざわざ私服に着替える気力もなかったのだ。



はしゃぐあいつらを眺めている。
あいつらの足の裏についた砂は海に流れて行っただろう。
俺の足の裏にはもう砂はつかない。




あいつらは、すぐには浅瀬に戻ってこられないような沖まで行った。俺が沈んだのはもっと先だけれど。今考えると、服も着ていたのによくあんな沖まで泳いでから力尽きることが出来たと思う。事前に飲んでいた、眠気を伴う頭痛薬も良いタイミングで効いた。
俺には未来に向かう力は何も残っていないと思っていたが、あと1分後に自分が死ぬという未来に向かうための力なら発揮できた。

あいつらは水着だし、すぐにではないが必死に泳げば浅瀬に辿り着けるような場所にいる。




でもあいつらは死ぬ。溺れて苦しんで死ぬ。俺が死なせる。




俺にとって俺の死は苦しみから解き放たれるという点においては幸せだったが、その他全部の点においてはまったく幸せではなかった。


俺にとっての幸せな死が、遂に来る。






波が立ち始めた。

あいつらはまだ、波が起きるアトラクションがついたプール感覚でいるようだ。

風が強くなり始めた。

潜ったり水中ででんぐり返りをしたりしているあいつらはよくわかっていないようだ。

空に雲が広がり始めた。

女の一人が、なんか寒くない?と言った。

波が高くなり始めた。

ちょっと何か変じゃない、とあいつらの誰かが海の変化を察した。






お前らはもっと早くに、自分たちがしていることの取り返しのつかなさに気づくべきだった!

自分は何も失っていないからと笑えていても、いつか失ったものに気づく時が来る。

いつか何かを失う時が来る。

今がその時だ!







俺は、海面に立っている。今度は、こいつらには出来ないことをしている。

全員の形相が更に歪んだ。俺と目が合ったような表情をした。

見えているのか?どうでもいい。どうせこいつらの人生において今日の記憶はなかったことになる。

さようなら。俺にとって、幸せな死を。









俺も沈んでいく時、こんなに汚いあぶくを出していたのだろうか。
だとしたら海に謝らなければいけない。

でも俺はきっと、静かに死ねただろう。
生きている間も、静かに死ぬのは上手かった。



俺は下に感謝している。下のことは好きではないが、感謝はしている。

俺に1年間の猶予をくれて、存在しない存在として存在させてくれた海底に感謝している。




俺も死ぬ時、こうして情けなく上に手を伸ばしていたのだろうか。

いや、俺はあの時はもう、下に行って楽になりたいと思っていたからきっと違う。

その思いに伴う行動は置いておいたとして、楽になりたいと思うことは悪いことではないだろう。


俺は手を伸ばさなかった。












じゃあ、生きていた時は?










自分より背の高い鉄棒につかまろうとした。

星は掴めるのではないかという空想を抱いた。

ジャングルジムの頂上にいる友達を追いかけようとした。

父親の背に登ろうとした。

母親の腕の中にもたれようとした。

昔は、自分から手を伸ばしていた。





いつしか、未来と健康的な想像への入り口はいつも誰かが塞いでいた。
下が落ち着いた。下しか居場所がなかった。上なんて俺にはなかった。

生きていた時は、上に行くことだけでなく、手を伸ばすことさえ諦めていた。
俺に手を伸ばす上はないと思っていた。






そう思うことが当たり前になったのはいつからだろう。






俺は上に手を伸ばすことすら許されなかったのに、こいつらはこの期に及んでまで、手を伸ばすことが許されている?









ああ。許されているのではないのか。

こいつらは死にそうになりながら死ぬことを許されていないのだ。死ぬ間際で死なせてもらえていない。

こいつらの人生において今日の記憶をなかったものにしないために。

何かを失ったことを気づかせ、その記憶と共に生きて行かせるために。

俺を死んでからもなお存在しないものとして存在させた海底よ。

そういうことですか?












気が付けば6人は砂浜に、殺虫剤で死んだ蠅のように横たわっていた。

俺はまた砂浜に立っていた。こいつらみたいに砂だらけになりたいとは思わなかった。

こいつらに生きていてほしいとも全く思わない。

でも自分が何を失って何を得てしまったかがわからないまま死ぬのは、こいつらを楽にさせるということではないのか?

楽になりたいという必死の思いと同等にこいつらを立たせるわけにはいかない。

でも、俺だって同じだよ。

元々手に入れていたものがどんなものだったかがちゃんとわかっていなかったから、何を失ったのかもよくわかっていなかった。限りなく希望の無い生活の中で、ちっぽけでなんてことはなくてつまらないものでも、何かを得ながらここまで来たことに違いはない。






母さんがたまに言う「おかえり」。

クラスの男子が、俺のプリントも一緒に持ってきてくれたこと。

さびれたスーパーのレジのおばちゃんが、おまけだよとくれた飴玉。

全部見せかけで、全部信じてはいけないと思っていた。

得ていたのか。心の底から、得ていた、とは思えないけれど。







この海は幸せな死は迎えなかった。誰も死ななかった。




そのかわり、記憶と共に生きることになった。

あいつらと目が合った時、気づいたように見えた。あいつらは、死より辛いかもしれない死にかけた記憶を得た。自分たちは何もやっていないと思っていた記憶を失い、自分たちがやってきたことの記憶を得た。あいつらも、大人たちも、失ったものと得てしまったものに気づいてほしい。

海底にいた俺には、母さんと父さんが、俺が死んだ後どんな生活をしていたのかわからない。でもきっと、失った、とは思ってくれただろう。今、死んだ蠅のような6人の反対側に、綺麗な花と手紙があるのを見つけて思った。

俺は、かつてはおぶられ、抱きしめられた息子だった。





失って、得て。人生はその繰り返しだ。





俺には人生はもうない。海底に戻る。

今まで失ったものと、得たものを数えてから、久しぶりに上に手を伸ばしてみよう。

伸ばした先は、水面か、天国か。

向かう先はどちらか。やはり俺には下が似合っていると、地獄になるか。

地獄に落ちる時、俺は上に手を伸ばすだろうか。








失ったものと得たものを数えてみよう。

忘れたくても忘れられない、辛い人生だけではなくて。
得たものの方が多くなるように、短かった俺の人生を、いちから思い起こして。











さようなら、さようなら。

1年前この海で、人が死んだ。

今日、幸せな死を迎える。




さようなら、さようなら。

今日この海で、人が死ぬ。

幸せな死を、迎える。










<END>
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  ※コメントタイトルでネタバレしないでください。
  ※コメント本文ネタバレ可。
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Comments for this article...

拝読致しました。

幽霊さんの独白を拝読するのは、初めてのように思います。
幽霊さん、この後どうなったか、また、語っていただけませんでしょうか?

拝読しました。

穏やかな海の背景とは対照的に、少年の幽霊が語る「閉じた世界」はずしりと重く、ちょっとでも気を緩めたらこっちが下へ引きずられそうな、強い執念のようなものを感じました。
下を向くことで得られた心の「安定」は決して「満足」ではないですよね。
生前の少年はそれを確かに感じていいたけど、理不尽が多すぎて、日常の中にある些細な優しさや幸せのサインを見逃してしまった、そんな気がしてなりません。
特に「助けを求めたら負けだ」という気持ちは私も学生時代はよく思っていた事なので共感してしまいます。
少年の死に昨今の事件が頭をよぎります。思う所や考える所が一杯ありすぎて上手く言葉にできませんが、少年が復讐を思い留まってくれたことに私は安堵しました。

「不幸せと幸せの海底」拝読しました。

はじめまして。「不幸せと幸せの海底」拝読しました。

もうものすごく、怖かったです。
何と言うんでしょう、文章に呑まれそうになりました。繰り返される恨み節が本当に執念という感じできつくて怖くて、誰かの人生を垣間見た気持ちになります。それがまた悲しい人生でしたから、読んだ後で怖さと同時に胃が重くなるような、何とも言えない気持ちになりました。
死より怖い死にかけたの恐怖を与える、というのがまたすごく…強い復讐心を感じます。

当初の予定とは違う復讐を遂げて、この主人公はいくらか救われたのかなあ…。
救われたとしても、彼が欲しかったのは生前の救いだったのだろうし、切ないですね。

拝読いたしました。

読む者を絶望の淵に引きずり込む筆致が、とても迫力がありました。古来の怨霊もかくのようにあったからこそ、オニとして祀られたのでしょうね。
けれどこの霊は、年を経て、生きている時には見失っていた小さいけれど大切な光を思い出したようです。孤独と絶望の最中では、とかく感覚の視覚狭窄に陥るものですが、今の問題に未来は大して救いにならないというのは、共感できるところです。それでも辛い短い生の中で、感謝を見出せたことは重い展開の最後に救いでした。

パンドラの箱

渦中にいるときには見えない、気づけないものに、最期には気づけたのでしょうか。
八方塞がりで助けもなく、絶望の最中で下を目指した主人公の気持ちが、少しずつほぐれていくのが、独白に表れている感じでした。

正直、1度目は最後まで読めませんでした。
行間がやたらとあるし、どうしようもない恨みつらみの羅列。重いなぁ、と思い(ダジャレではない)途中で投げました。
かといって一作だけ感想を書かないのもどうかと、感情移入しないように淡々と読んでみたところ、最後に救いがあってホッとしました。
一人称だし、読んでいくうちに負の感情に引きずられる気がして怖かったんですね。

あの世で幸せになってください。

拝読致しました!

 主人公さんの呪いに似た独白に凄味があり、まさかこのままラストまで恨みがたりが貫かれるのかと二重の意味で恐怖させられましたが、6人が海に現れたあたりからちゃんと物語が展開され、最後には意外な方向でのエンディングを迎え、今度は二重の意味で安堵させられました。

 細かい感想ですが……淡々とした口調が続く中、復讐を果たさんとする瞬間に二度だけ現れるエクスクラメーションマークの存在が、私には妙に恐ろしかったです。それが、主人公さんの悲痛な叫びであるように聞こえたのかもしれません。

拝読いたしました。

えるれさん、こんばんは。

つらつらと続いていく主人公の恨みの迫力が凄いですね。
実害を加えた人、加えなかった人、助けてくれなかった人、気付かない振りをした人、気付かなかった人、そして助けを呼べなかった自分、全ての人を恨んでいるように感じる文言が心に刺さりました。

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