スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『麦わら帽子のトラベラー』 ――サーバルサキ by 猫

作:猫 HP:処々迷々
分量:29枚  使用お題:打ち水をする、ゲリラ豪雨、麦わら帽子、向日葵、蝉時雨を聞く、夏星の国は遥かに、逃げ水を追い駆ける、海底


 それは、ドームシティの河川緑道公園をそぞろ歩いている時の事だった。突如、水遣りジョロで水を掛けられたかのような降雨が始まり、慌てて木陰へと駆け込む。
 ドームシティは砂漠の真只中に在る都市で、想像を絶する程の超巨大ボールを真っ二つに割って伏せたような代物の中に造られている。唖然とするような高さで聳え立つビル群を擁するヒミンビョルグ市でも、ハブ空港を擁する複雑怪奇構造の機械の如き都市でも、森や草原と同様に、頭上には空が広がっており、雨は空から降って来る。雨は本来、天からの便りであり、自然の恵みなのだ。だが、ここでは違う。雨は、完全に人工物である。
 雨脚は激しくなり、水がブロックタイル張りの道を川のように流れ始める。ここを管理している輩にとっては「打ち水」くらいのつもりなのかしれないが、これでは、ゲリラ豪雨の大洪水だ!
 高台を求め、急ぎ走る。ずぶ濡れになり、物知りママミケシュが「ドームシティの降雨は、時に『路上清掃』のためのもあるらしいから、気を付けるのね!」と、言っていたのを思い出す。
【道理で、人っ子一人、歩いていなかった訳だ】と、合点するも、「時既に遅し」である。
 階段を駆け上がり、塀を跳び越し、見知らぬ家のテラスへと駆け込む。雨の飛沫は、テラスの床をも濡らす。堪らず、壁際の何も乗っていない丸机の一つへと飛び乗る。
 濡れた体をぶるりっと振るいつつ振り返り、外を見遣るも、薄銀色のカーテンを張ったようで、全く何も見えない。
「これぞ、滝雨だな!」と、思わず呆れ声で呟き、大きく溜息を吐いた。
 致し方無く、腰を落ち着け、丁寧に身体を拭う事に専念する。

 身体全体が綺麗に拭い切れた頃には、雨は完全に止み、何事もなかったような晴天になっていた。降るのも突然なら、止むのも唐突である。
「人工雨とは、味も素っ気も無い、無粋な代物だよなあ」
 大きく伸びをして、テラスへ降り、塀へと跳び乗る。見回せば、下方の道では、三角形の箱状物が複数、アメンボのようにくるくる行ったり来たりしながら、水抜口付近に寄った塵芥を、ぱくぱくとその腹内へ納めている。バブ空港都市で時々見かける物とは形状と大きさが異なるが、「掃除ロボット」と称される代物であろう。
 ふと見遣れば、先程駆け上って来た階段の途中に、麦わら帽子が落ちている。
【確かに、さっきはなかったはず……】
 不審に思い能く見ると、少し薄汚れてはいるものの、全く濡れた様子は無い。乙女チックでありながら上品なリボンと向日葵のコサージュが飾られている、柔らかい大きな鍔の女物麦わら帽子である。コサージュも相当に手が込んでおり、見るからに高級品だ。
【雨の直後に飛んで来たとは考え難い。何処から現れ出でたるや?】
 塀から跳び下り、警戒しつつそろりーっと近寄る。
 と、そこには、身長は小生と同等くらいだが、どう見ても少年としか思われない奴が、その帽子を被るようにして立っていた。
【成る程。此奴が引き摺り回して持って来たから、薄汚れしまったのだな!】と、了解すると同時に、少年の異様さに気付く。
 少年は、骨と皮だけのようにガリガリに痩せ、今にも倒れそうな程に肢体がふらふらしている。
「おい! どうした? 迷ったのか? 捨てられたのか? 何時から食べてないんだ!」
「シルビア…お嬢様……、僕、お帽子……捕まえ…ましたよ。シ…ル…ビア……」と、少年は、視点が定まらぬまま何度も、うわ言を呟く。
【にゃんじゃらほい! 此奴はもう!!】
 心中で思わず唸るも、出会ってしまったからには、こんな状態の少年を放っておく訳には行かない。
【ええーっい! 先ずは、水分補給だ!】
 小生に直通可能な、手っ取り早い「良い水のみ場」と言えば、あそこしか思い浮かばない。地下都市エイキンの「第三区坂中噴水」だ。
 少年の首玉をがっしりと持ち、第三区坂中噴水をしっかりとイメージし、ぐっと力を込めて、大きく一歩踏み出す。
 一瞬、脳貧血のように視界が暗くなったが、肢体はしっかと地面を踏んでいた。
 小生は少年を引っ抱えたまま、間違い無く、第三区坂中噴水の前に立っていた。
「おらおら! 水を飲めったら、飲め!」
「死んでも放す気が無い」とばかりに、麦わら帽子の紐を握りしめている少年の鼻先を、水盤へ突っ込むように押し付ける。と、本能が欲したのか、少年は半ば無意識の内に水をべしゃべしゃと飲み始めた。
【ほう。やれやれ……】
 小生も隣で、緊張で渇き切った喉を潤す。

 心行くまで水を飲み、頭を上げた少年は、こちらへ向き、きちんと四肢をそろえて正座した。その姿は、先程より一回り大きくなったように感じられる。身長は、小生よりも高そうだ。
【まさか、干物が水を吸って膨らんだみたいな事、ニャイよなあ……】と、密かに思いつつ、改めて見れば、その身体は、麦わら帽子同様、少し薄汚れてはいるものの、飢えで痩せていると言うのではなく、細身で優美と言える。
 金茶色の体毛は短毛で、喉下から胸腹部と脚の内側は白く、ベンガル山猫のような黒斑模様が散らばっている。額にはM的な黒線がくっきりと有り、首の後ろにも黒線模様が何本か入っている。両耳は、丸めでかなり大きく、尾は、身長の割には短めだ。
 能く能く、見れば見る程、初めて見る模様と体型の奴である。
「小生は、森と草原の渚で生まれのマヨ。お前、名前は? 住まいは何処だったんだ? 何で、あんな処でふらふらしていたんだ?」
「僕は、サキと申します。シルビアお嬢様の学園都市に住まいしてました」
「はあ? お嬢様の学園都市!? それって、空中都市じゃニャかったか? お前がさっき居たのは、地上都市——ドームシティの河川緑道公園の傍だぞ!」
「えっ! ええ? ドームシティ……シルビアお嬢様のご実家が在る? 僕は、学園都市の空港で、シルビアお嬢様のお帽子が飛んだのを追い駆けて……」
「学園都市の空港……そこで、飼い主と逸れて、猫道を通ってドームシティまで飼い主を捜しに来てたって訳か?」
「あ……え? 猫…道?」
「そうにゃ。お前も習って歩き出したんだろ!『子猫が初めて歩く猫道は、ミャミャンの尾っぽの後追い道』の、猫道」
「え? は? みゃみゃん……???」
 サキは、大いなる困惑顔を見せる。
「おいおい、お前! ミャミャン——母親猫を知らないのか? 捨て猫だったのか? それとも、ブリーダー育ちの売り猫だったのか?」
「お母様ではなくて、お嬢様と暮らしていたのです。シルビアお嬢様と。お嬢様は、優しい素敵なお方で、とても柔らかい手をなさってます。白銀色の髪はふわふわと長くて、色白でふっくらと可愛い小顔で、瞳は素敵な赤っぽい桃色なのです。もし、金色に輝く羽さえ有れば、『神族だ』と言われるようなお美しいお方で……」と、サキは、真剣に「シルビアお嬢様」の事を説明する。
 小生の言っている事が、サキには、全く通じていないようだ。
「ああ、分かった、分かった!」と、説明を遮り、
「サキは、シルビアお嬢様に飼われていた『室内飼い猫』だったって事だにゃ。まっ、それはいいとして。お前、腹が減ってるんじゃニャイか? 近くに、良い食事処があるぞ!」
「あ、はい。それは……」と、サキは、少しもじもじするも、
「でも、僕。シルビアお嬢様を探し出して、お帽子をお渡ししないといけませんから」と、きっぱり言う。
「成る程それは、ご立派な考えだが、腹が減って動けなくなったら、お嬢様を探すも、帽子を渡すも、出来ニャイだろうが!」
「あ、はい。確かにそうですけど……」と、イカ耳顔になるサキへ向け、小生は、
「さっ! つべこべ言わずに、付いて来い! 『腹が減ってはどもならぬ』だ!」と、尾っぽを母親猫のようにぴぴんと立て、四区のボス悪四郎に教わった三区に在る「接待所」——上品な老夫人の家へと向かった。

 麦わら帽子をしっかと持ったまま、もたもたしているサキを、塀の上から突き落すように押して庭先へと入れる。小生も、ぽんと飛び込み、以前、悪四郎がしたように、甘ったるい声で「にゃあにゃあ! にゃあにゃあ!」と呼ばわる。
 すると、あの時と同様に、瀟洒なレースカーテンが掛かった二階の出窓が開き、上品そうな人間の老女が顔を出した。
「あら! 御背中ふわふわスポッティちゃん! いらしてくれたのね!」
 老女は前回同様に、テラスの戸口から碗と皿を置いた盆を手に、出て来た。
「そちらの可愛い子は、お耳の大きなベンガルちゃんね! 何処かの飼い猫さん? 少し冒険をし過ぎたのかしら? 後で、ブラッシングした方がよさそうね」と、麦わら帽子の横でお行儀良く座っているサキを見ながら言い、
「スポッティちゃんは、とっても綺麗にしてるわね! 貴方は生粋の自由猫さんのようだから、大丈夫よね」と、小生の方を向いて微笑んだ。
 食事が終わると、老婦人はサキを優しく抱き上げ、汚れを拭き始めた。サキは初めの内、少し身を固くしていたようだが、直ぐに、グルグルと喉声を上げ、なされるままになる。
 小生はそれを横目に、猫の本分たる食後の身繕いをする。
 老婦人は、サキを丹念にブラッシングしながら、話し掛ける。
「ベンガルちゃん。その麦わら帽子は、飼主さんのでしょ? 貴方は、ここ、地下都市の飼猫さんじゃないわね。ここでは、幾ら御洒落だったとしても、そんな帽子は被らないから。貴方、飼主さんと一緒にお外を歩いていて、飛んだお帽子を追っかけて、迷子になっちゃったんでしょう? ここまで遣って来たのは、スポッティちゃんのお勧めだったからよね? さてさて、この、くしゃくしゃの汚れたバンダナは、外しましょうね! 自由猫に成るのならば、邪魔物だし、飼主さんの処へ帰るのならば、また新しい素敵なのを付けて貰えるでしょうからね」
【ニャンと! なかなかの洞察力と、的確な対応!】
 身繕いの終わった小生は、きちんと座りなおし、敬服の眼差しを老婦人へと向けた。
 老婦人は、見違えるほど身綺麗になったサキを、そっと小生の隣へ下すと、
「ベンガルちゃん。貴方は、今後の事のためにも、もう少し食べた方がいいわよ。栄養強化カリカリを持ってきてあげましょうね。それから、スポッティちゃんは、ミルク飲むかしら?」と、言い、再び、別の碗を二つ持って出て来た。そして、
「さっ、ゆっくりとお食べなさい。ベンガルちゃん。この大事なお帽子も、綺麗にしておきましょうかね」と、言い残して、前の食事容器とブラッシング道具一式と麦わら帽子を持って家の中へと入った。
 小生は、地上の牧場からのお取り寄せであろうところの美味しいミルクを頂きながら、
「サキ。お前のお嬢様は、空港から何処へ行くと言ってたんだ? 小生が知ってる処ならば、送って行ってやれるけど?」
「お嬢様は、夏星の国へ行くと言われました」
「夏星の国? 聞いた事、ニャイにゃあ……」
「お嬢様は、完全管理の美的調和都市——学園都市は息苦しいから、夏星の国へ行きたいと。夏星の国は、自由で、素敵な所だと……」
【あにゃ? どっかで聞いた事があったような理由……。そうにゃ! エイキンのセシル!】
 セシルは、トラブルシューターと言う裏仕事をしている人間の女であるが、前世は自由猫の凛々しい雄猫であったであろう人間である。そして、「不便のない生活に目をつぶって、空の豪奢な牢獄に囚われたままで生きるか、それとも約束された安定した将来を捨てることで、不確かで不安と希望が入り混じった自由の世界で生きるか」の選択で後者を選び、学園都市から地上へと渡って来た人物だ。
 元雄猫のセシルならば、自らの歩みで自由を勝ち取って当然である。しかしながら、サキの説明を聞くに付け、あの麦わら帽子を見るに付け、サキのお嬢様が、セシルのように自由闊達に生きて行けるとは考え難い。
「本当に、お前のお嬢様は、そこへ行けると思うのか? サキ……」
「お嬢様が、そう言われたのですから、間違いありません! 行かれてます!」
 小生の疑念の眼差しに対しても、サキは頑なに言う。小生が密かに溜息を漏らしているところへ、
「もう、お腹一杯になりましたか? はい、これ、どうぞ! 防水スプレーもしておきましたよ 」と、老婦人が、これまた、見違える程綺麗になった麦わら帽子を差し出して来た。
 慈しみの微笑みを向けて来る老婦人に、小生は、すりすり最敬礼を何度もした後、
「兎に角、夏星の国が何処にあるか分からニャイ事にはにゃあ。先ずは、物知りママミケシュの処へ行って訊いてみよう!」と、サキを促し、庭を出た。


 一人歩き経験の無いサキを猫道へと入れ込み、麦藁帽子ごと、頭突きをするようにして押し出し、ヒミンビョルグ市の‘いこいの森公園’へと出た途端、耳を聾せんばかりの蝉時雨に包まれた。
 サキは、麦藁帽子の下で首を竦め、全身の毛を硬く立てている。
「蝉時雨——こんなにうるさいのは、聞いた事ニャかったかい?」
「せみ…しぐれ?……セ、ミ???」
「おいおい! 沢山の蝉の鳴き声の事だ! サキ。学園都市には、蝉は居ないのか? ほら、そこの油蝉なんかは、食うと美味いんだぞ!」と、鼻先で指し示すと、サキはおずおずと木の幹を見上げて、
「初めて見ました。あれが!? 食べ物なのですか? 学園都市に居るのかどうかは、分かりません。今回、シルビアお嬢様と家を出るまで、外へ出た事が無くて……。」
「お前、本気で‘室内飼い猫’だったんだにゃあ……。」
 小生は思わず知らず、大きく溜息を発してしまった。

 ママミケシュは、真夏の日差しを避け、木陰の石造りベンチの上へ寝そべっていた。その傍では、ララ姉御も大きく伸びている。その向こうの木のベンチの上では、ポニーとドビッシーが、ごろり寝をしていた。
 ララ姉御は、公園生まれの嫡々の自由猫で、公園では顔役的存在である。そして、ポニーは、オフィス街で会社を警邏して回っている警備職猫で、ドビッシーは、公文書図書館の猫である。
「皆様、お寛ぎのところ、申し訳ございません」と、頭を下げる。
「こっちは、ドームシティで出会ったサキです。本来は、学園都市で室内飼い猫をしていたようで……。で、このサキが『夏星の国』へ行きたいと言うのですが、何処にあるか、何か、御存知ニャイでしょうか?」
 ママミケシュが、寝そべった姿勢のまま、ぱたんと尾っぽを振り、
「夏星の国……。ニャンタリーゼの隣にある処だって、聞いた事があるわねぇ……」
「ニャンタリーゼ!?  虹の橋を渡った処に在るって言う『猫の王国』でしょ! こんな若者が行くべき場所じゃニャイでしょう!」
 ララ姉御が頭だけこちらへ向け、怠そうに伸びたまま言う。
「夏星の国は遥かに遠く、行くは逃げ水を追い駆けるが如し」と、ドビッシーが、詩を朗読するように言いながら、身を起こし、
「何かの本に、最高天界から更なる上方に『夏星の国』が在ると書いてあったがにゃあ」
「そんにゃ訳の分からん処の話より、そっちの若いの! お前は、何猫だ? 全く以て見た事のニャイ毛色だぜ?」
 ポニーも身を起こし、こちらへ向くと、しげしげとサキを見詰めた。サキは少しイカ耳になり、もじもじしつつ小生の顔を窺う。
「学園都市のお嬢様の飼猫だったのなら、ネオサーバルじゃニャくって?」
 ママミケシュがサキの方を見遣りながら言い、ドビッシーが、
「然様に見えますにゃあ。自然保護区の草原にサーバルキャット——猟犬猫と称される、大山猫のようなのが居る。それは、姿は美しいが気性が荒いので、海底都市の研究室で遺伝子操作とやらと言う胡乱な事を仕出かして、人間が造った新猫種がネオサーバル。気性は穏やかで人懐っこく、身体は大きめの飼い猫と、本で読みましたにゃあ」と、説明を加えた。
「ああ! それって、とってもお高い『売り猫』ね! 公園へ遊びに来る猫好き人間達がこの前、話してたにゃあ。自分達の一年の給料分より高い値段だって!」と、ララ姉御も起きて、サキの方を向く。
「ふーん! ニャンでそんにゃ『お高い奴』が、生粋自由猫のマヨと一緒に歩いてんだ?」
 ポニーは更に、身を突き出すようにして、サキをじーっと見る。
 皆の視線が集中するサキは、イカ耳を更に強めて、とつとつと語った。
「お嬢様に連れられて、空中都市の空港へ初めて行って……。お嬢様のお帽子が飛ばされて……。僕、反射的に追って……。走って、走って、やっと捕まえたら、お嬢様が、見えなくなっていて……。お帽子持って、お嬢様を探して必死に走っていたら……、そうしたら、目の前へ、白い大きな猫が現れて、『ここへ居たら、飛行機に轢かれてしまいますよ。そっちへ行きなさい』って……。で、押されて、そうしたら……。それで……、その、気が付いたら、そのう……、マヨさんが居て……」
「それは、吾等が初源の白猫様が見かねて、マヨの処へ託したって事にゃのかしらね?」と、ママミケシュが優しく微笑み、
「確かに。『猫は、己の道を歩く生き物。己の欲する方へと進むべし』ですからにゃあ」と、ドビッシーがゆっくりと頷く。
「要は、サキは自分の目的地へと、長い長い、長旅を続けるトラベラーだってことね!」
 ララ姉御が笑顔と共に、お尾っぽを大きく左右に振った。
「ニャル程、そっか! じゃ、此奴が自己意志で『夏星の国へ行きたい』と、言っているのだから、助けて遣るべきじゃニャイのか? ‘道開き猫マヨ’としては!」と、ポニーがこちらを向き、肩を竦める。
 小生はふっと、極小さな子猫の時、迷子になり見た、純白の、ふわふわの、心地よさそうな長毛の大きな尻尾と、聞こえて来た「さっ、歩きなさい。猫は、己の道を歩く生き物です。しっかりと足を踏み出して、自分の行きたい方へと進むのです」と、言う優しい声を思い出す。
「そうですにゃ。髭触れ合うも多少の縁と言いますから、天空界の知り合いの所へサキを連れて行って、夏星の国への行き方、訪ねてみます。お休みのところ、お邪魔しました」
 頭を下げる小生に、ママミケシュが、
「マヨ。先ずはその子に、自由猫・狩猫の基本を教えて遣るべきね! で、ニャイと、旅猫にニャレないし、長旅なんて、到底無理よ!」
「確かに、言われる通りです! サキは、蝉すら見た事がなかったようですから……」
 小生はサキを見遣る。もう子猫ではない世間知らずの若猫に、地上の暮らし方と猫道歩きを教えなければならないのかと思うと、心中で長嘆息が漏れた。


 サキの狩猫修練もつつがなく終わり、遂に、最高天界へと行く日が来た。
 地上の猫の森と、猫の草原「猫じゃらしヶ原」との境に在る泰山木の根元。そこに、最高天界への猫道「地天最古道」の口が在る。小生一猫ならば、爪引っ掛け跳び——余談ではあるが、御存じ無い向きに申し上げておくと、「爪引っ掛け跳び」とは、別名「スキップ走り」とも云われ、猫が常時通行する安定した道に於いて、猫道滞在時間を短縮する‘「道短縮運歩方」の一つである——で、最高天界猫森の巨樹根元へ、一瞬で辿り着ける。だが、猫道歩き経験の浅い、と言うよりも、ここ数日でやっと猫道歩きが出来始めたサキでは、地天最古道はまだ、しっかりと足で歩かざるえないだろう。
「サキ。これから、最高天界への道——地天最古道を歩く。ずっと登り道で、時間が掛かるから、覚悟して付いて来いよにゃ!」
「はい! 心して頑張ります!」
 サキは、ぴんと耳を立て、髭を左右に大きく広げ、しっかりと頷いた。
 猫世界の最高天界は、空の中道を歩いた処に在る。入道雲のようにもこもこっと高空に浮かんだ森だ。泰山木の根元から続いていた道は、この浮かんだ森の中の巨樹の根元へと続いている。
 その巨樹の根元へ辿り着いた時には、サキはかなり疲れたのか、肩で大きく息をしていた。
「あと少し頑張れ! 水が飲める所があるからにゃ!」
 少し進むと、森の中にぽっかりと開けた所が現れる。最高天界猫広場だ。その中の古代建物らしき物の残骸の縁に泉がある。
「さっ、ここだ。飲もう!」
 サキは直ぐ様、泉に鼻先を突っ込むようにして、ごくごくと飲み始めた。小生も、少し喉を潤していると、
「あにゃ! マヨじゃにゃいか!」
 後ろから知った声が掛かる。有翼猫のホキだ。
「よかった、ホキ! 君を訪ねようと思っていたところにゃんだ。訊きたい事があって……」
「へ? 俺なんかにか? わざわざ? 俺に分かる事なら、何でも教えるけどにゃあ」
 小生は、横にいるサキへと視線を向け、
「実は、彼はサキと言う飼い猫で、飼主のお嬢様が『夏星の国』って処へ行くってんで、自分も行きたいって、夏星の国が何処にあるのかを探しているんだよにゃあ……」
「夏星の国……。聞いた事はあるニャ。神族は、そこから来たって。で以て、神族の最高天界から夏星の国へ続く道があるってにゃ。」
 サキは身を乗り出し、
「神族の最高天界?そこへは、どうやって行けばいいのですか?」
「俺達有翼猫は、本気、行く気にニャレば、気流を見計らって飛んで行くけどにゃあ。じゃあニャイ猫は、猫道を通らニャイとにゃあ! 人間が『ヴュルラク』と呼ぶ、第四気団に在る島の古井戸の傍に道の入口が在るって聞いた事があるけどにゃあ……」と、ホキはやや首を傾げ、
「あそこには、遺跡研究者に加えてハンターも出るって話だから、俺は行った事ニャイから、詳しい事はにゃあ」
「えっ!? ハンター? 猟師がいるんですか? 猫も狩るんですか? その猟師は……」
「いやいや! 動物を狩るんじゃなくって、泥棒を狩る奴の呼び名だよ。あそこの遺跡には、人間が空中都市を浮かせる為に造っている装置にも使われてるって言うレアメタルのアヴィリオンってのが転がってるから、盗みに来る輩がいるんだと! 翼も無い、猫道も歩けない人間って奴等は、装置ってな機械に頼りっ切りだからにゃあ」
 ホキは、鼻の上に皺を寄せて、ふふんっと笑った。
「まあにゃ、泥棒もハンターも研究者も、猫の事ニャンんて気にしてニャイから、こっちも気にする必用はニャイよ。人間に近寄りさえしなければいいのさにゃ。で、マヨも、夏星の国へ行く気ニャのか? マヨだったらやる気になれば、神族の最高天界への直通道だって、開けるんじゃニャアかにゃあ……」
「いやあ、小生はそこまでは……。妹達の世話もあるから」と、ややイカ耳となり、
「申し訳ニャイけど、ホキ。実は、君に、サキのこれからの事をお願いしようと思って訪ねて来たんだ。そもそもに、サキは生まれながらの専業飼い猫だから、猫世界の事を全く知らないからニャア……。神族の最高天界へ行く前に、天空猫界の則や掟を学んでおくべき、だろ?」と、上目遣いにホキの顔を窺う。
「ま、それが順当だわにゃあ。身体に付いては、『人間が空中都市の水を一日飲めば、水に染まる』って言われてるのと同じで、天空の猫森の水を飲めば、大事ニャイけどにゃあ。専業飼い猫だったら、狩りの方は……?」
 懸念顔を見せるホキへ、小生は、
「それは、大丈夫! サキは、サーバルキャット——猟犬猫って称される山猫の血を引いてるだけの事はあって、ちょっと教えたら、地上ではもう一人前で通る狩猫になったよ。それに、ジャンプ力が物凄いから、名うての‘鳥獲り猫’に成ると思うにゃ!」と、大きく保証の頷きを向ける。
「そうか! ニャラいい。先ずは、俺達の猫の集会へ連れてって、皆猫(みんな)に紹介してやるぜ! サキの行きたい場所の在りか探しも、それからって事だにゃ」
「済まニャイにゃあ、ホキ。よろしく頼む」と、頭を下げる。
「他ならぬ『道開き猫のマヨ』の紹介猫だ! 任しとけよにゃ!」
 胸を張り、大きく頷くホキ。その前へ、サキは、背筋を伸ばして正座し、
「よろしくお願いいたします」と、神妙な顔で頭を垂れた。
「それじゃ、小生はこれで、帰るからにゃ。元気で、頑張れよ! サキ」
 大きく尾っぽを振って挨拶し、小生は、巨樹の猫道口へと引き返す。それから、ひょいっと爪引っ掛け跳びで、一っ跳びに猫じゃらしヶ原へと帰った。
 夏本番の草原は、ネコジャラシが一斉に穂を出し、恰も、鮮やかな萌黄色絨毯を広げたようになっていた。空には宵の薄闇が漂い、星々が瞬き始めている。
 果てし無く広がる天空を見上げ、きらきらと輝きを増す遥かな天の川に思う。
「トラベラーサキは、立派な狩猫——『サーバルサキ』と成り、きっと、夏星の国へ行き着ける」と。
 そして、サキは出会うのだ。金色に輝く羽を持つ神族猫の血を引く彼女——毛色は白銀。ヒマラヤンのようにふこふこの柔らかい長毛で、ふわふわの太長尻尾。丸顔で可愛く少し耳垂れで、赤っぽい桃色の素敵な瞳の「シルビア」と言う名の、優しい彼女に。
 小生は、塒へ向け猫じゃらしヶ原を、とっとこ歩き出した。
 歩を進めるに連れ、「何時の日か、小生も夏星の国へ行ってみたい」と、言う気持ちが夏空の入道雲のように湧き上がって来る。
「小生が夏星の国を訪問する頃には、あの麦藁帽子の中に、サキとシルビアとの子供達が、ぎゅうぎゅうに詰まって、猫団子寝をしてるんじゃニャイかにゃあ!」と、ひとりごち、思わず知らず、口元が綻びていた。
スポンサーサイト
Comment Please!
  ※コメントタイトルでネタバレしないでください。
  ※コメント本文ネタバレ可。
Secre

TOP

Comments for this article...

拝読しました。

こ、これは……ネコスキーにとってたまらんお話ではないですか。
にゃんじゃらほいで目が点になり、金茶色の体毛~のくだりで口元がうずうずし、『ミャミャンの尾っぽの後追い道』思わず吹き出して。
小生、マヨなのに老婦人にスポッティなんて可愛い名前つけられてるし。うわ、みんなもふもふしたーいっ!
(はっ、よだれが……)
魅力ある猫たちの活躍する姿が脳内で動き回り、終始にやにやが止まりませんでした。
これは是非シリーズ化して欲しいです。素敵なお話をありがとうございました。

拝読いたしました!

猫が主役なのですね!所々出てくる猫語(?)が面白かったです!

架空の未来都市なのに、凄くそのことが分かりやすく書かれていて凄いなあと思いました!

和さま 御感想、有難うございます

ニャンコ好きの方に、そう言って頂けますと、猫冥利に尽きますにゃあ!(猫、空中舞い踊りの図)
 誠にありがとうございましたv

葉月 14さま 御感想、有難うございます

皆様の真面目なところへ、猫語ニャゴニャゴと闖入致しまして済みません。
 面白かったと言って頂けまして、嬉しいです。

「『麦わら帽子のトラベラー』 ――サーバルサキ」拝読しました。

はじめまして。お話拝読しました。

いやもうこれは夢の世界ですね! こんな天国のような世界、私も是非行きたいです。
登場する猫たちがまたキュートで自由気ままで可愛くて! 有翼猫さんは是非一度お目にかかりたい…! あとマヨの「すりすり最敬礼」も見たいです。

最初タイトルを拝見した時はサキが気ままに旅してる猫なのかと思ったのですが、トラベラーってそういう意味ですか! なんだかロマンチック。
シルビアお嬢様のもとへ辿り着いた後のお話も読んでみたいなあ…なんて思う次第です。
彼を見送るマヨの小粋さも素敵でした!

拝読致しました!

 描写の一つ一つから、作者様の猫への愛がひしひしと伝わってきました(笑) 猫語のキャラクターたちがとてもとても可愛らしく、真面目な会話をしているにも関わらず、ついつい顔がニヤけてしまいます。
 世界観もとても凝っていて、作者様の頭の中でどんな壮大なSFにゃんこワールドが広がっているのかと、こっそり覗き見てみたいような気持になりましたv
 個人的に、もっともらしく語られる「爪引っ掛け跳び」の説明がツボです。他にどんなワザがあるのか気になるところ……。

森崎緩様 御感想、有難うございます

はい、ニャンコの世界です>^_^</
「行きたい」とおっしゃっていただけて、嬉しいですv
 マヨとサキの歩く猫道が、何時か、何処かで交われば、また、マヨが「マヨ猫リポート」を寄越してくれると思います。

拝読いたしました。

ドームシティと猫で「吾輩は猫である」の未来版ですか!
しかもESPっぽいときて展開が楽しみでした。お話でしたには出てこない人間の名があるところを見ると、すでにサーバルサキのシリーズになっているのでしょうか。
最後のマヨの言葉は、予知だったのかなあと思った次第です。

秋待諷月様 御感想、有難うございます

ニャンコ達に、ニヤけて頂けて、とても嬉しいです。
 マヨ猫説明では、長さの単位に「伸び伸び猫長身」とか「恋猫一っ走り距離」とかございます。はい!>^_^<ゞ

 もし、マヨ猫の世界、こそっと覗いて下さるのでしたならば、『処処迷迷』(下記URL)にあります。

ヒラK様 御感想有難うございます

 はい。「『贋作吾輩は猫である』に続け! をモットーとして、リポートしておりますにゃり」と、マヨ猫が申しております。

 シリーズ的(?)に言えば、サキの話ではなく、「マヨ猫リポート」でしょうか?
 最後のマヨの言葉、「予知になるといいね!」と、思っている猫です。

拝読いたしました。

猫さん、こんにちは。

読んでいく内におや、と思い始め「これはにゃんこでは……?」と思っているとやはりそうでしたか。
他の方もおっしゃっていますが、猫っぽい言葉(にゃんじゃらほい辺り)が愛おしくて仕方がないですww
シリーズもののようですので、また後日webページの方も覗いてみたいと思いますー。

げこ様 御感想、有難うございます。

人様のお祭りに、ニャンコが闖入いたしまして……。申し訳ございません。
 ニャンコ言葉、愛おしく感じて頂けまして、嬉しいですv
 ニャンコ世界へ御越し頂けましたら、猫が空中舞い踊りを致します。はい!>^_^<ゞ

読ませていただきました~!

ネコSFを書かせたら右に出る者はいない、猫さんの作品、まさに期待通り!
麦わら帽子と「夏星の国」という名前がよく効いた、夏にふさわしい猫作品になりましたね!
頼れる風来坊のマヨ君も、遺伝子的にはものすごいのにもやしっ子なサキ君も、
非常に魅力的で、手に汗握りつつ、応援しておりました。
周囲の魅力的な猫たちに助けられつつ、冒険のはじまり、というところでしょうか。

たのしませていただきました!

拝読しました。

お名前(ペンネーム)だけではなく主人公も猫!、気づいたときにはニャーリ(Φ∀Φ*)としました。
周りの猫たちがなんとかして若猫サキの誤解(行くべきは夏星の国ではなく学園都市へ戻ること)を正してやる……話になるのかと思ったのですが。
考えてみればお嬢様は学園都市から飛行機でどこかへ行ったのですから、学園都市に戻っても仕方ないのかもしれず。
お嬢様と同じ名の猫に巡り会って、サキは当初の意図とは別の道を進むのでしょうか。

という大筋は大筋として。ディテールの可愛らしさが素敵な作品でした。猫たちも可愛いし、老婦人の優しさもほっとしました。

Sagitta様  御感想、有難うございます。

人様のお祭りに、猫が突然に突っ込みまして、申し訳ございませんでした。
 明後日のようなところからの飛び込みでございましたのに、温かく受け入れて下さり、有難うございます。
 「お題を決めて書く」と言うのは、初めての事でしたので、「夏にふさわしい猫作品になりました」と、言って頂けて、ほっとしております。
 その上、ニャンコ達を応援して頂きまして、とても嬉しいですv
 主催者として、色々とお忙しい中、御感想まで下さり、本当に有難うございました。

麻生新奈 様 御感想、有難うございます。

 猫がニャンコ突っ込みを致しまして、済みませんでした。
 物語を短く書く事が苦手な猫でして、20枚と言う制限のため、かなり分かり難い話となりまして、申し訳ございません。その上、ニャンコ達ですので、発想や考えが人とはずれておりまして、大筋が奇態な感じとなっております事、お詫び致します。
 そのような中、ニャンコ達の事、可愛いと言って頂けまして、とても、嬉しいです。

拝読しました。

猫さん、こんにちは。
作品読ませて頂きました。

タイトルからは想像もできなかったにゃんこ小説!
うっかりと、他の方のご感想を先に目にしてしまいまして、拝読中に「あっ!!」と気付く楽しみを、失くしてしまったことが悔やまれます。
ああ不覚!
愛らしい猫たちがわにゃわにゃとしている物語なのに、作り込まれた未来のドームシティが舞台というどっしりとした骨格。
そして語り手マヨの小生という一人(猫)称が味わい深い。癖になりそうな作品世界です。
若猫サキは、無事に麦わら帽子と一緒に、シルビアお嬢様のもとへ辿り着けるのでしょうか?
きっとそうなるよ、大丈夫だよと思わせてくれる、猫たちの仲間意識と、猫好きさんの優しさに溢れた素敵なお話でした。

桐央琴巳 様  御感想、有難うございます

「夏まつり」の募集に、ニャつが紛れ込み、「ニャつまつり」化させてしまいました。
 サキならば、目的の処へ辿り着けると信じておりますv
 ニャンコは、七生を生きる――100万回生きたとのお話もありますし――と、言われておりますので、サキ程の信念が有れば、仮令、一生で辿り着けなくとも、そこが何処であろうとも、必ずやシルビアお嬢様と再び会えると思います。

COMMENT
TOP

What's New (Comments)































COMMENT
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。