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花束ではなく、火の束をあなたに by かみたか さち

作:かみたか さち
分量:30枚  使用お題:麦わら帽子、蝉時雨を聞く、蚊取り線香、汗を拭う、ゲリラ豪雨、花火、日焼け止めの匂い、向日葵、旱星、お盆、麦茶


 暗い大地から生える光の花。か細く咲き、にわかに消えるその花を求めて異世界へ旅立った姉のフラウは、それきり戻ってこなかった。
 帰還プログラムの有効期限は一年。期限切れになってさらに七年が経ち、城から届いたドラゴン便で、カナンは出立時の姉の年齢になったことに気がついた。
 木の皮をなめした巻き物は、身分昇格審査の願書。成人した下層身分のものに与えられる、貧しい生活から脱却する機会だ。
 希望行き先世界に、カナンは迷わず、姉が日記に残した空間座標を記入して提出した。

 生い茂る竹に視界を遮られる。主要道路からそう離れていないはずなのに、エンジン音は聞こえない。ただ、延々と緑の茎が並ぶ。道は緩やかに上っていた。
 カナンは手元のタブレットで異世界空間座標を確かめた。姉フラウが残した数値はこの辺りのはずだ。審査対象になる「転生先で手に入れた美しいもの」として、彼女はどうあっても姉が求めていた光の花を持ち帰りたかった。
「こんなところにあるとは思えないけど」
 蒸し暑さに嫌気がさす。異世界転生して、こちらの世界時間で一ヶ月が経とうとしている。期限の三分の一が、なんの手がかりもなく過ぎていた。あせりが募るばかりだ。
 行く手の地面がすっぱり切れて、竹の上部だけが見える。あと少しだけのつもりで崖に近づいた足が、思いのほか体から遠い地面を踏み込んだ。
「しまった」
 いまだに気を抜くと、転生した体での距離感を忘れる。
 厚く積もった枯葉の下に地面はなかった。女子大生姿のカナンは、悲鳴をあげる余裕もなく落下した。
 怒鳴り声に目を開けると、禿げ上がった頭を汗で光らせた老人の顔があった。
「あんた、ひとんちの竹林でなにをしてる! 勝手に入りおって。どこの誰だ、警察に通報するぞ!」
 老人の手には、カナンが取り落としたタブレットが握られていた。この世界で普及している携帯通信機器に似せたものだが、内容は異なる。異世界で生活するために必要な記憶操作アプリや帰還プログラムが入っている、命の次に大切なものだ。
「か、返してください!」
「何を言うか、最近の若いものは!」
 もみあっていると、遠慮がちな声がかかった。
「どうされました?」
 竹の間からこちらを凝視している男性がいた。薄手の長袖長ズボンに首からタオルをかけ、軍手をはめた推定三十代前半。腰にさげている円盤状のものは蚊取り線香らしい。煙が鼻を刺激した。
「おお、タケ坊か。なんか知らん、この女が勝手におるから」
 警察に突き出すのだと鼻の穴を膨らませる老人に、タケ坊と呼ばれた男はあわてて手を振った。
「すみません、事前に言ってなくて。俺のツレです。姿が見えなくなって探してたところなんです」
 カナンはおもわず、老人に奪われたタブレットをみた。もしや、ロックが外されて記憶操作アプリが発動しているのかと疑った。だが、その形跡はない。
「そうか。しっかり見張っとりん」
 ぶつくさ言いながらも老人はタブレットを放るように返すと、荒い足取りで去っていった。後ろ姿が完全に竹の間に消えてから、カナンは男に頭を下げた。
「助かりました。ありがとうございます」
「気をつけりん。最近竹林に不法投棄したり筍を盗んだり、不審者が多いに」
「私が不審者だって、疑わないんですか?」
 首を傾げるカナンに、男は破顔した。
「どう見ても、そういう格好じゃないに。怪我はない?」
 カナンは自分の姿を見下ろした。シフォンのフリルたっぷりの半袖カットソーに短パン、スニーカーという姿だ。ただし、左半分が泥だらけだった。持ち物はタブレットと財布だけ。その財布も、枯葉が混じったぬかるみの中から男性が拾ってくれた。
 二つ折りの財布が広がり、学生証が見えていた。目に入った個人情報に気まずい顔をしている男性へ、カナンは頭を下げた。
「外山架奈です。市内に下宿しています」
 名前を間違っていないか、いまだに不安になる。
「で、本当は架奈ちゃん、何しに来たの?」
 高橋健留(たける)と名乗った男性は、迷いのない足取りで竹林を進んだ。
 身分昇格審査のため、とは言えるはずもない。異世界人に正体が露見すれば、その場で失格、強制送還となる。
「高橋さんは?」
 卑怯だと自覚した上で問い返すと、健留は折りたたみ式の(のこぎり)を見せた。
「竹を切りに来た。もちろん、さっきのおじさんには許可もらってるに。手筒を作るんだ」
「手筒?」
「花火だに」
「あの、ひゅるーん、どーんって打ちあがる?」
「スターマインじゃなくて、手で持って揚げる」
 子供が夏の夜にろうそくを囲んで火花を散らす光景が浮かんだ。だがそれも、周囲の竹と結びつかない。架奈の太ももといい勝負の竹が、風にゆられて互いにこすれ、きしんでいる。
 脳内を疑問符だらけにしていると、健留はスマホで画像をみせてくれた。
 火の粉が一面に舞っている。シルエットとなった人物が両足をふんばり、腰を落として筒状の物を体に沿わせるように抱えている。別の画像では、黒い夜を背景に、人の背丈の十倍近く噴きあがる火柱もあった。
 姉の言葉が耳の奥に聞こえた。
『緩んだ境界の向こうに見えたの。真っ暗な中、大地から光の花が噴き出るの』
「この花火、売ってください!」
 スマホを握りしめ、架奈は健留に迫った。間違いなく、姉が求め、架奈となったカナンが探しているものだ。ところが、健留は眉尻を下げて曖昧に返した。
「売るのは、難しいなぁ」
「なんで。お金なら用意します」
 食い下がると、健留はスマホを取り返し、首をかしげて考え込んだ。
「値段のつけ方が分からない。材料費だけなら五千円くらいだけどね。手間とか、どうやって計算したらいいか」
 宙空を見上げて考えた健留が立ち止まった。
「そうだ、なんなら一緒に作る?」
「つく……?」
「手筒は、揚げる人が作るのが基本だに。竹を切って乾燥させて、節削って火薬詰めて」
「やります!」
 彼は向きを変えた。数分歩き続けると、風にゆられる幾本もの竹の中に一本だけ、白いビニール紐が巻かれている。健留は根元で鋸を開いた。
「手伝ってもらえて助かるよ。ほんとはゴールデンウィークには切らないといけなかったんだけど、一ヶ月も遅れて。じゃあ、この竹を持っていてくれる?」
 はりきって架奈は手を伸ばした。
 目標物をつかむ。再び、カナンとして生まれて二十年使っていた、現実世界における体型での感覚に支配されていた。
 肘の辺りで竹をはさんだ架奈を見て、健留は盛大に笑った。
「架奈ちゃん、ドいいわ、その反応」
 架奈は首まで完熟トマト色になりながら、両手で竹を持ち直した。
 鋸の刃が、小刻みに竹の肌をこする。繊維が詰まった円柱は滑りやすい。だが健留は手馴れた様子で切り込みを入れ、そこから鋸をひいた。振動が伝わる。腕が痺れてきた。青臭さと共に削りかすが飛ぶ。
 刃で竹をこする音が次第に高くなる。風が吹くたび、竹が重くなる。やがてティン、と鳴るころには、健留の大きな手も竹をつかんで支えていた。
「ゆっくりね。ちょっとでも何かに当たるとヒビが入るから。目に見えないくらいのヒビでも暴発の原因になるもんでね」
 慎重に竹を傾けていき、分厚く積もった枯葉の上に寝かせた。今度は、背の丈ほどの長さに切っていく。
「でもなんで、この竹に目印をつけてたんですか? 他のと違うんですか?」
 ナタで落とされた葉を集めながらたずねると、健留は目を細めた。
「見てごらん、まっすぐだろ?」
 赤子を抱くように持ち上げられた竹は、断面が完全な円形だった。なおかつ、断面から断面まで、わずかな反りもない。
「太さも十分。ただ、年々いい竹が減って、竹探しも大変になってるんだよね」
 切り出した竹を抱えて竹林から出ると、現実世界よりも日差しが強い。健留が示した軽自動車のトランクに古い毛布を広げ、竹を寝かせた。
「下宿は近いの?」
 大雑把な住所を告げると、健留は腕を組んだ。
「こっからだと、山を迂回しんといかんね。送っていくよ。うちの店の近くだし」
 店の名前は、聞くまでもなかった。車体に書いてある。『夏目筆店』路面電車の電停前と記されていた。
「花火屋じゃないんですね」
「うん。幼馴染みの親父さんが作った筆を売ってるところ」
 車中で話してくれたところ、高校を卒業して働き始め、来年には店を継ぐことが決まっているらしい。
「それって、婿養子とか?」
 架奈がからかうと、健留は嬉しそうに肯定した。商売繁盛と家内安全、婚約者の健康への感謝と祈願をこめて、地域の祭りで手筒を放揚するという。
「架奈ちゃんは、手筒揚げたいのはなんで?」
 上の身分になって生活を楽にしたいから、とうっかり本当のことを答えそうになった。
 健留と話していると気が緩む。もともとカナンは人見知りが激しい。初対面のものと親しく話せるのは珍しかった。
「画像見て、すごいなって思って」
「去年も揚げたけど、いいよぉ。手筒が一番綺麗に見られるのって、実は揚げてる人だったりするもんね。あ、ここでいい?」
 軽自動車は大型小売店の駐車場に入った。開店後間がないとあって、アスファルトを敷き詰めた平面駐車場は空きが目立った。所在なさそうに警備員がうろついている。
 礼を言ってシートベルトをはずすと、健留が後部座席を探った。
「再来週の土曜には乾燥終わらせるから、節をぬく作業をしよう。それに、本当に揚げるなら講習を受けなくちゃ」
「そんなのがあるんですか」
「一応は火薬を扱うからね。青年会のほうで講習の日にち調べておくから、週半ばにでも店に連絡して」
 渡された冊子は『夏目筆店』の商品目録で、最後のページに住所と連絡先が書かれていた。

 一か月前にカナンは、この地球第二世界へ入った。現実世界を出るのは初めてだった。緊張しながら案内役の死神につれられ、向かった先が架奈の下宿だった。
 架奈は突然死しかけていた。両親が失業し、仕送りが途絶えた。学費や生活費を払うためにバイトに励んだ挙句、たまった疲労が爆発したとみられる。
 彼女の魂が抜けると同時に、架奈の姿になったカナンとすりかわった。個人情報や言語、文化知識のインストールが終了すると、架奈を知るものたちの記憶を操作した。つまり、架奈が亡くなったのは五月ではなく、カナンが帰還するときだと認識させる。
『帰還期限を過ぎると』立ち去り際に死神が忠告した。『お前の意識は徐々に架奈という女のものへと変化していく。気をつけるんだな』
 カナンは、彼女と同じように学校へ行き、賄いつきのバイトに励んでいる。時折、性格が変わったのではないかと問われて冷や汗をかきながら。その合間に、健留と連絡をとって手筒作りに携わった。
 架奈の友達付き合いは少なく、休日に遊びのお誘いがはいることはない。どこまでも現実世界のカナンに似ていて悲しいことだが、動きやすかった。
 切り出した竹は燻して水分を抜いた後、ゆがみの無いのを選んで節をぬく。生えていた時根元に最も近かった節だけ残し、残りの節に切り出しナイフで穴を開け、そこからやすりで慎重に削っていく。
 内部が完璧な円筒になるよう削っていくのは根気が要った。完成が近づくと、数回やすりを動かしては指の腹で削った面をなで、なめらかになっているか確認する。もし指先にささくれが引っかかったり、わずかでも凹凸が認められると、やすりをかける。その繰り返しだった。
 作業はたいてい、早朝におこなった。まだ子供たちが遊びに来ない公園でレジャーシートを敷き、雨の日はひさしの付いた東屋を利用した。慣れない手で節を削り終わる頃には、花壇のヒマワリは架奈の身長を越える高さに育っていた。
 削り具合が悪くても暴発の原因になる。健留が密かに架奈の竹を手直ししていた。気がついていたが、何も言えない。
 綺麗にした竹の外にセメント袋などの紙を巻き、さらに隙間なく縄を巻きつける。縄がゆるまないよう、巻き終わりまで手の力を抜けない。
 そうして筒が出来上がると、いよいよ火薬を詰める。
「自分でやるんですか」
 驚く架奈に、健留は当然だとうなずいた。
「こっからは俺がやるよ。専門家の指導のもと、だけどね。山の火薬工場を借りて、少しずつ突き固めるんだ。これも、気を使う作業だに」
 コンビニで買ってきたペットボトルの麦茶を飲みながら、架奈は汗を拭った。
「休みのほとんどが、手筒作りで終わっちゃいますね」
「ま、趣味だからね。時間も手間も惜しくないに」
 健留はケロリと言う。汗と竹の粉にまみれていても、目が活き活きとしていた。手筒に魅了されていることが素直に伝わる。
 健留のポケットで、スマホが震えた。断りを入れて立ち上がる後ろ姿から、架奈は目をそらせた。
「うん、そろそろ戻る。穂乃花はどうする? ……ん、分かった」
 架奈は残っていた麦茶を一気飲みした。手筒を作り始めて一ヶ月。胸に芽生え始めた感情を冷やすには、麦茶はぬるくなりすぎていた。

 健留と手筒を揚げるための講習を受けたのは、次の週末だった。
 大型小売店のフードコートで、架奈はぐったりとテーブルに顎を載せた。腕がぱんぱんだ。
「がんばったね。ほら、これは俺のおごり」
 差し出されたかき氷から冷気がただよう。架奈はあわてて体を起こした。
「いいですよ、私もバイトしてるんだし。健留さんだって」
 途中で、呼び方が変わってしまったことに動揺した。講習会に集まった人が口々に彼を「タケル」「タケ坊」と呼んでいたのにつられてしまった。だが、呼ばれた本人は気にしなくていいと笑う。
「たけ、じゃなかった、高橋さんにはおごっていただいてばかりで」
「いいって。家賃とか大変でしょ。がんばってる妹におごるようなもんだに」
「いつのまに健留さんの妹なんですか」
「まあまあ。かき氷くらい、気にしんで」
 ずるい、と架奈は心の中で非難した。悪気が蚊ほども含まれない顔で言われると、カナンの気持ちが揺らいだ。現実世界に戻れば、架奈は亡くなったことになる。健留の中の架奈についての記憶は消去される。だが、カナンの記憶は消えない。
 結局かき氷をごちそうになる羽目になった。
「健留さんが手筒を揚げる祭りって、いつなんですか?」
「お盆前だに。架奈ちゃんが手伝ってくれたから、作るの間に合ったよ。架奈ちゃんは、どこで揚げる? 祭りの実行委員に話は通せた?」
「実家の祭りで。えと、消防の人に相談しているところです」
 現実世界の役人にはまだ話していない。帰還後すぐに、城の警備役の小鬼に書類を提出して火器使用の手続きをしなければならない。下層階級ながら一目おかれていたフラウならともかく、みそっかすのカナンの申請が通るか怪しいところだ。
 嘘がばれないかと冷たい汗で背中をぬらす。目の前の健留を伺い見て、いつになく真剣な眼差しが注がれていることに気がついた。顔が火照った。
 健留は、自分用に買ったアイスコーヒーを一口すすった。
「ただ、架奈ちゃんに手筒を渡すのは、ちょっと心配じゃんね」
「え、どうして」
 予想外の言葉に、すくった赤い氷の小山がカップに戻っていった。
「今年は、だよ。来年までに腕の力つければ。ほら、今日だって手筒持ち上げるのがギリだったでしょ」
「だけど、いちおう噴射時間の三十秒以上は持っておくことはできたのに」
 架奈の落胆振りに困惑した様子だが、健留は静かに説得してきた。
「火をつけて噴射してるときってね、圧力が筒の内側から外に向けてかかるじゃんね。そのとき、反対の方向、つまりは下向きに、同じだけの力がかかる。そうしたら、火をつけていない手筒の二から三倍の力、つまりは二、三十キロの重さをもちあげられる力がないと支えられない」
 火を噴いている手筒花火を取り落としたら。大惨事だ。
 どうにか鍛えるからと食い下がろうとしたとき、子供の声が耳に入った。
「あ、しろくまさんのぬいぐるみ! ママ、あれ買って、買って!」
 フードコートの隣にあるおもちゃ屋からだ。陳列棚を指差し、麦わら帽子を被った小さな女の子が母親にねだっている。指差した先には、大人が抱きかかえるほどの丸っこい物体があった。手足が短く、もふもふしている。
 とっさに、現実世界でのフラウがそこにいるのかと錯覚して、愕然となった。
「わ、分かりました。たしかに私に手筒は無理かもです」
 現実世界に転送した手筒を、あの体型でどう揚げられるというのだろう。短い手足、低い身長。長さ一メートル弱、太さ直径三十センチ、噴射時体感重量30キログラムのものを三十秒以上抱える。重力の計算をしても、不可能だった。
 あまりの失望の様に、健留まで蒼白になった。
「そこまで落ち込まないで。女性でも揚げてる人はいるから。来年なら大丈夫」
 来年では、だめなのだ。半分以上残ったかき氷は、すっかり薄い砂糖水に浸かっている。先がスプーンになったストローで意味も無くつつきまわしていると、健留が手を打った。
「ようかんなら、大丈夫だに」
 甘い餡を寒天で固めた菓子、と脳内変換した架奈に、彼は両手の親指と人差し指を丸め、さらに間を肩幅ほどに開いて見せた。
「これくらいの、どちっちゃい手筒があるに。普通は地域の祭りで小学生に体験してもらうやつなんだけど、ちゃんと最後のハネもあるだよ」
「ハネまで?」
 手筒の醍醐味は、天高く噴出する火柱だけではない。降り注ぐ火の粉に見とれている隙をついて、筒の下方が爆ぜる。足元から火の粉が巻き上がり、放揚者は一瞬炎に包まれたように見える。これがハネだ。筒の終わりに仕込まれるハネ粉と呼ばれる特別な火薬の仕業だ。
「迫力は本来の手筒に負けるけど、あれはあれで綺麗だに。実行委員の人に言って、分けてもらえるか聞いてみるよ」
 ね、と顔をのぞきこまれ、架奈は赤い顔でお願いしますと答えるしかできなかった。
 駐車場に出ると、梅雨明けの日差しの名残が薄暗がりによどんでいた。熱気がまとわりつく。
「祭りの前日には、ようかん渡せるようにがんばる。不安だったらまた連絡して」
 車体の横に張られた『夏目筆店』の電話番号を指差された。頷きながらも、離れた場所からこちらを見ている女性に気がついていた。
 婚約者だ、と思った瞬間、健留も彼女を認めて大きく手を振る。はしゃいだように駆けて行き、彼女が肩にかけていたエコバッグを受け取るのが見えた。
 邪魔者は退散すべしときびすを返す前に、健留に呼び止められた。
「穂乃花を送っていくから。歩いて帰れる?」
「大丈夫です」
「変な人多いから、気をつけりんよ」
 架奈に向かって会釈する女性の視線が肌を刺す。憎悪ほどではないにしても、不安と疑惑が痛かった。そのつもりはないと念じながら、世話になっている異世界の人を傷つけていることがいたたまれなかった。
「じゃあ」
 軽自動車に乗り込む女性の肩口で、籐編みの鞄につけたストラップが揺れた。架奈は息をのんだ。ドアが閉まった。架奈は車が見えなくなるまで蝉時雨を聞き流していた。
 架奈の網膜に、ストラップの花が焼きついていた。
 カエシバナ。現実世界に咲く大輪の花だ。異世界のヒマワリに似ている。咲いたとき花弁の内側は白く、外側は黄色い。だが夕方になると内が黄色、外が白に変化し、まるで裏返ったようにみえることから名がついた。花を象った木彫りは旅のお守りになっている。カナンが旅立つ姉に贈ったものに違いない。
 空に赤く旱星が輝く。晴れ渡る夜空に反して、架奈の心にはゲリラ豪雨が吹き荒れていた。

 祭りの前日。架奈はバイト代で買った菓子折りを手に、約束の場所へ向かった。『夏目筆店』の文字はまだ見えない。平面駐車場に生えている木の陰で待つつもりで歩いていった。
 幹の陰から、淡い色のワンピースがひらめく。健留の婚約者が立っていた。もしかしたらフラウかもしれない。そう考えると、架奈の体はこわばった。
「突然ごめんなさい。健留、祭りの準備で急に来れなくなって」
 預かってきた、という紙袋には、縦笛サイズの手筒が入っていた。これなら、ふわもふぬいぐるみのような現実世界のカナンでも揚げられそうだ。
 礼を言って、架奈は菓子折りを差し出す。穂乃花と名乗った女性は受け取りながら、首をかしげた。
「架奈ちゃんって、健留とは、その、どういう……?」
 やはり、その話題になるかと、架奈の鼓動が速くなった。
「故郷で手筒を揚げたくて、高橋さんが竹を取るところに居合わせたので、それだけです。明日でもう、居なくなりますから私」
 早口になった。地面ばかり見る架奈の頭の上から、息をのむ音がした。
「架奈ちゃん、行っちゃうの? 健留、そのことを心配してたから。今日渡さないと、架奈ちゃんがどこかに行ってしまうかもしれないって」
 はじかれたように顔を上げた架奈に、穂乃花が微笑んだ。ぬけるように色が白い。日焼け止めの匂いがしていたが、それだけではない。命の細さを感じさせる白さだった。
「あの、聞いていいですか?」
 挙げた指先が震えた。アスファルトからの熱気も、体を包む冷たい緊張に阻まれて肌に届かない。架奈は唾を乾いた喉に流し込み、声を絞り出した。
「その木彫りの花なんですけど」
「これ?」
 不思議そうに差し出された飾りは、やはりカナンが彫ったものだ。裏面に、当時のサインが見て取れた。
 クマゼミの声がシャワーのように降り注ぐ。
 祭りは見に来てねと手を振る穂乃花と別れた後、どうやって下宿にたどり着いたか、架奈は覚えていなかった。

 和太鼓の音が腹に響く。色とりどりのちょうちんが投光機と競って夜の帳を押しやっていた。屋台の前でしゃがみこむ子供たちの背中で、リボン結びの兵児帯が揺れる。
 会場となった校庭の半分を黄黒のロープで仕切り、花火放揚の準備が整っていた。
 暗がりに消防車が待機している。かたわらに、防火法被を着た男女の緊張した興奮が静かに溜まっていた。校庭を囲む土手に立ち、架奈は昨日穂乃花から聞いた話を思い返していた。
『うちでの仕事振りもまじめだし愛想もよくて、父はすっかり健留が気に入ったの。体の弱い私では、店を継ぐのは難しいし。養子に来ないかって話がでても、だれも不思議がらなかった。だけど二年前、健留は事故に遭って』
 太鼓がより一層激しく打ち鳴らされた。余韻がもたらした静寂のあと、アナウンスが花火放揚の開始を告げる。
『意識を取り戻したら急に、手筒揚げたいなんていうの。かなりの剣幕で。驚いて、父が商工会の知り合いに都合してもらって、校区の祭りで放揚したわ』
 地面を埋め尽くす観客と放揚場所の境界線上に、畳一枚ほどの板が数枚立てられていた。防火板だ。
『手筒を揚げる姿を見ていたら、急に彼がどこかに行ってしまいそうな気がして。ハネるとき、思わず叫んだの。行かないで、って』
 放揚者により手筒が運び込まれた。噴射口をまっすぐ防火板に向け、地面に寝かされる。火付け役が松明を掲げた。その手が半円を描くように噴射口へ近づく。
『その後、健留は何か悩んでいるようだった。しばらくして元気を取り戻したとき、私にこれをくれたの。大切なものなんだって』
 最初の放揚者が、健留だった。手筒の先がくすぶる。すぐさま幾本もの光が筋となって噴き出す。光線は地表をとび、激しく防火板を打った。板にはじかれた火の粉が板周辺の地面に落ちる。観客がどよめく。
 火付け役の合図で健留が進み出た。観客に、いや、神に向かってお辞儀をする。手筒に歩み寄ると、両手で筒を持ち、ゆっくり引き起こした。噴射音が轟く。筒が角度をあげるに従い、火柱も波打ちながら空へ移動する。右手を体の方へ巻き込むよう手筒を抱えると、噴射口は斜め上向きに固定された。
 四階建ての校舎より高く火柱が立ち上る。真っ直ぐ伸ばされた背筋。右足を一歩踏み出して、全身に火の粉を浴びている。輝く紅葉のごとき光と熱の中で、健留は微笑んでいるのだろう。架奈にはそのように思えた。
 架奈の手元でタブレットが光った。帰還期限が来たことを知らすアラームが点滅する。
「フラウ」
 口からこぼれた声は、轟音にかき消された。この世界時間で二年前といえば、現実世界の八年前。まさに、フラウが旅立った年だ。
 現実世界に戻るべきは、周囲から期待された姉ではないだろうか。もしかしたら彼の中にまだフラウの意識が残っていて、帰還できるかもしれない。だが、すでに健留であった場合、審査に失格したカナンと家族は一生泥をなめて暮らさねばならない。
 次の手筒にも火がつけられ、火柱は数をました。炎の色が目にしみる。視野がにじんだ。
 アラームが鳴る。架奈は親指をタブレットの表面に滑らせた。
 記憶操作アプリが起動する。続いて、帰還プログラム実行。
「この世界で、幸せになって!」
 最初の手筒がハネた。架奈が消えた会場に、ひときわ大きな爆音が響く。放揚者の度胸をたたえる拍手が、夜空に吸い込まれていった。
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Comment Please!
  ※コメントタイトルでネタバレしないでください。
  ※コメント本文ネタバレ可。
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Comments for this article...

拝読いたしましたv

何らかの形で、この地へ留まることになってしまった姉と出会うのだろうとは思っておりましたが、
何と! 姉のフラウが健留だったとは……。

『ハネるとき、思わず叫んだの。行かないで、って』の言葉に、「花束ではなく、火の束」――生きると言う事の、その燃焼の強さ――が、すとんと心に落ちて、成程と、納得致しました。
そして、何故か、最後の一文に、「水田の上を飛んで行く不如帰の光景」が、脳裏一杯を占めてしまいました。

また、もふもふの白クマさんのぬいぐるみ――これはもう、いつもの、かみたかさちさんの、遊び心ですよね! 漫画の「勇者の物語」のお話のように、とても楽しかったですv

素敵な御話、有難うございました。

拝読しました。

最初はSF調の淡い恋物語なのかな、と思って読んでおりました。
そして婚約者の方がフラウなのでは? と疑っていた一人だったのですが……まさかの展開。やられました。
健留は最初から気づいていたかどうか、今となっては分かりません。が、こうなると全ては必然だったのかとも思えてしまいます。
姉妹の別れに添えられた花火がなんとも鮮やかで儚く美しい。余韻の残るラストでした。
そして現世でのふわもふ姿でようかん花火抱えてる姿、是非見たいです。フラウが白ならカナンは何色なのでしょうか?

猫さま、ありがとうございます

最後の一文、言われていればそうですね!
下から上に視線が動く感じが、オンライン文化祭の『雲路をたどりて』と似てるかも。読後を爽やかにしたいので、顔を上げて終わる感じになるのかもしれません。

カナンのふわもふは、ほんの思いつきでした(笑)
当初は猫耳程度に考えていたんですけど、手足も短くなってしまいました〜。
楽しんでいただけて、嬉しいです( ´ ▽ ` )ノ

ありがとうございました!

和さま、ありがとうございます

カナンのイメージは、キジトラかグレーあたりです。劣等感があるので、平凡な感じで。
ふわもふなので、火の粉を浴びた後は毛がちりちり焼け焦げてしまいそうで心配です。しばらくはアフロになってしまうのでしょうか?

婚約者に疑いをむけていただいて、作者としては、してやったりですv 仕向けてみました。
そして今回、苦手な描写で花火の様子がどれだけ伝えられるか心配だったので、「鮮やかで儚く美しい」とおっしゃっていただけて嬉しいです!

ありがとうございました!

「花束ではなく、火の束をあなたに」拝読しました。

こんにちは。「花束ではなく、火の束をあなたに」拝読いたしました。

本格SFファンタジーで、その世界観の組み立てがまず素晴らしかったです。
冒頭の段落に登場する単語は現実世界にはないものばかりなのに、違和感なく読めるのがすごいなあと。
必要な情報を緻密に盛り込んだ文章の中に、ところどころカナンの愛らしさが滲み出てくるのもよかったです。竹を持つくだりと、元の身体では花火を上げられないと落ち込む辺りが特に可愛い。笑わせに来てるんじゃなくて本人は本気で落ち込んでいるのがまたいいですね。

健留さんについては、個人的には「記憶はないけど覚えてる」派です。
もちろん期限が過ぎているからフラウとしての記憶はなくなっていて当然なのでしょうけど、架奈ちゃん(inカナン)と一緒にいるうちに感覚だけが蘇ったんじゃないかと…。若干願望込みなのですが(笑)、健留さんからは優しさだけじゃない慈しみみたいなものを感じました。
フラウの決意は壮絶で、途方もないことですよね。穂乃花さんはお名前の通りほのかな方で、フラウも相当迷い、葛藤したんじゃないのかなあ。カナンの言うとおり、幸せになって欲しいです。

拝読致しました!

 なんとも凝ったSF設定に、「作者様のオリジナルシリーズものか?」と思ってしまうほど。読み終えてみれば、その作りこんだ設定がきちんと一編にまとめられていると分かり、そこに青春ものの要素やどんでん返しまで加わって、すごく贅沢な作品を読んだ気分になりました。
 そしてこれまた驚かされたのが、手筒花火についての説明の詳しさ。こちらは「作者様は花火職人なのか? もしくはまさか、この作品の為に取材に行ったのか?」と勘繰ってしまうほどです(笑) 初めて知った花火制作の手間、そしてラストの迫力ある描写に、手筒花火を実際に観てみたい衝動に駆られました。
 他の方のコメントを拝見すると、何やら作者様ならではの遊び心が潜んでいる様子……? ううむ、気になります。

拝読いたしました

かみたかさん、こんにちは。

花火作りの詳細さに感心しながら読んでしまいました。
他にも異世界から異世界への紀行、外見と中身の成り代り等など、作り込まれた設定にも圧巻です。

建留さんの「妹に奢る」発言にそうだったのかーと思わされるラスト、そしてタイトルであるところの「花束ではなく火の束」。いやはや、やられました。

森崎緩さま、ありがとうございます

記憶はないけど覚えてる、私も賛成です。
なぜかしら気にかかってしまったのは、そのためなのかもしれません。と、他人事のように思います。
いろいろお褒めの言葉に、くすぐったいですが、カナンを可愛く思っていただけ、嬉しいです!

秋待諷月さま、ありがとうございます

シリーズ物ではないですが、密かに以前書いたファンタジーの設定を使ってたりします。空間座標とか。
花火作りは、実際に作った方のブログや保存会のホームページを参考にさせていただきました。
いいですよ〜手筒花火。
夏に三河遠州各地の祭りでどこどこ揚がってます。普通の打ち上げ花火なら、年中やってますから、よほど花火が好きな地域なのでしょう(^_^)
ただ、本文でも触れたように、材料となる孟宗竹が減っているらしいです。手筒は広く知ってもらいたいけれど、長く続けるには量産はできないようです。

げこさま、ありがとうございます

今回タイトルが先に浮かびました。
字面だけでは、なんかギャグっぽいと感じながらの火の束です。まんまです。放揚者はたいてい火傷するそうです。
書くにあたり手筒花火のことを調べていて、私自身初めて知ることも多くて楽しかったです( ´ ▽ ` )ノ

拝読いたしました。

手筒花火はテレビで見ましたが、なかなか勇壮な行事ですよね。花束というにはとても豪快な火の柱のようです。
「現実世界」の細かな設定があちこちに垣間見られ、階級社会と科挙を思わせられる審査に暗い世界が思わされました。ある意味、フラウが帰らなかったのもむべなるかな。手筒花火がフラウにとってどんな意味があったかを知りたかったなと思います。
メインはカナンの建留への恋心でしょうか。手筒花火は魅力的ながら、制作過程に字数が取られて、ラブな描写が少なかったのがちょっと物足りなかったと感じました。

読ませていただきました

紅月赤哉です。
読ませていただきました。

SFな設定も久々に読むのでとても楽しく読ませていただきました。
先に旅立ったフラウとの再会。やると思ってはいて、穂乃花さんだと安直に思っていたらまさかの。
そう考えて頭から読むとなんかとても胸がきゅんとしました。

素敵なお話、ありがとうございました!

感想ありがとうございます

まとめてお返事おゆるしください。

ひらKさま
個人的にメインは「手筒を書きたい!」
だったのですが、読む方にはラブメインに思うくらいに書けるようになりたいです。まだまだ未熟です(汗)
「現実世界」の厳しさは、カナンがどうしても審査に合格しなければならない状況を作りたいと思って設定しました。もちろん逃げ出すこともできるけれど、家族を思って留まるか、フラウのように異世界を優先させるか。その迷いが書けたらなぁというところでした。


紅月さま
意図的にトラップをかけていたので、予想を裏切れて嬉しいです。
再読していただけたんですか?(//∇//) 胸キュンとはかけ離れた生活をしているので(苦笑)キュンな雰囲気を感じていただけてよかった。

感想いただいてたのに気づくのが遅くなり、すみませんでした!

拝読しました。

かみたかさん、こんにちは。
作品読ませて頂きました。

作り込まれた設定と、手筒作りの詳しさに、ほうほうと感心させられながら読んでいました。
あいにくテレビでしか見たことがありませんが、勇壮で美しい花火ですね。なるほど、火の束と。
カナンがそれを目に焼き付けながら、姉と淡い恋とにきっぱりと決別する、ラストシーンが印象的です。
現実世界に戻ったカナンは、姉の代わりに一家を背負って、懸命に生きてゆくのかな、と。
建留がカナンのことを、覚えていてもいなくても、「妹」と感じていることが、切なくもあり、嬉しくもありますね。

ところで。
他の方の感想を読ませて頂いて思ったのですが、フラウはもともと女性で、転生した建留は男性で、その婚約者である穂乃花はもちろん女性で、彼女の側に残ろうと決断したのはフラウで……、という点が無性にひっかかる、心の濁った人間は私だけなのかー!
女性だ男性だ、ということ以前に、姿形の異なる異世界人(もふもふのしろくまさんなカナン、手筒を抱える姿を想像すると可愛くて……・笑)という大きな差異があるわけで、フラウにとってはたいしたことではなかったのでしょうか?
どちらにしても男前なお人です。

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